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    元気の秘訣は寮歌咆哮

     3月のある宵、私は紅一点で9人の紳士たちと鍋を囲んでいた。

     9人とも旧制二高のOBで、全員が80代半ばから後半。全員が青春を二高や東北大で送り、仙台で過ごした方々である。

     二高OBと私なんて、いったいどういう会なのかと思われよう。話は2006年にさかのぼる。私が東北大の修士課程を終え、東京に戻ってほどない頃、二高OBから突然連絡を頂いた。

     「あなたの修了をお祝いしようという話になってね」

     それまでお会いしたこともなければ、彼らから見たら小娘の私だというのに、柳橋の料亭で祝宴を開いて下さったのである。

     共通項は「仙台で学び、過ごした」という1点だけだ。だが、あちらは青春バリバリの二高、私は社会人になってからの大学院。共通項と言うにはあまりにもおこがましいが、あちらはそんなことはまったく気になさらない。

     今回も、仙台の話はとどまるところを知らない。お酒の進み方もハンパではなく、ついに私は医師であるお一人に聞いた。

     「何でこんなにお元気なんでしょう。何か秘訣(ひけつ)があるんですか」

     「イヤ、仙台の話になるとこうなんだな」

     これで驚いてはいけない。突然二高の寮歌と校歌を全員で「咆哮(ほうこう)」したのである。これがまたカッコいい。店の窓ガラスがビリビリするほどの声で、高らかに歌う旧制第二高等学校の寮歌。その声に、びっくりして店の仲居さんが飛んで来て、他の客も何ごとかと襖(ふすま)ごしに覗(のぞ)いていたが、何の何の、9人はひるみもしない。この人たち、ホントに80代か?とあきれている私に、

     「寮歌になると、いくらでも声が出るんだよなァ」

     と大真面目におっしゃる。それにしても二高の寮歌の歌詞は格があってすばらしくいい。OBがナマで「咆哮」するのを聞くと、彼らが仙台や二高に対してどれほどの思いを持っているかがうかがえる。何ていい人生だろう。

     すると一人が、全員で「仙台小唄」を歌おうとおっしゃる。これは「ミス・仙台」が正式名称で、西條八十作詞、古関裕而作曲だという。私が知らないと言うと、

     「それはいけない。仙台の芸者も学生もみんな歌えたものだ」

     と、これがまたいい歌だった。1番から4番まで春夏秋冬の仙台を歌っていて、2番の夏だと

     夏の祭りは七夕に 星も逢瀬(おうせ)の笹(ささ)の露 君と歩みし思い出の 仙台仙台なつかしや

     4番まですべて「仙台なつかしや」で締められ、ここを歌う時は誰もが広瀬川や一番町などを思い出すだろう。

     「内館さん、これを相撲部の部歌にしなさい」

     そう言われ、即決した。部員たちが80代になった時、二高OBのように仙台で過ごした日々を思い、みんなで歌える歌が欲しい。そうだ、部歌は仙台小唄だと、私は膝を叩(たた)いたのだった。(うちだて・まきこ)(毎月最終日曜日に掲載)

    2014年06月11日 21時16分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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