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    仕事増えても人は足りず

    雇用

    • 被災地では災害公営住宅などの建設ラッシュで、有効求人倍率も上昇している(2月25日、石巻市蛇田地区で)=冨田大介撮影
      被災地では災害公営住宅などの建設ラッシュで、有効求人倍率も上昇している(2月25日、石巻市蛇田地区で)=冨田大介撮影
    • コールセンター業務を担う「わかさ生活」の東北支社。若者の雇用を確保しようと、震災後に開設された(仙台市青葉区で)
      コールセンター業務を担う「わかさ生活」の東北支社。若者の雇用を確保しようと、震災後に開設された(仙台市青葉区で)

     「復興需要で突然仕事が増えても、地元で採用できる人数は限られている。人手不足は、一企業で解決できる問題ではない」。社員約80人を抱えるクマケー建設(気仙沼市古町)の熊谷敬一郎社長(52)は話す。震災前、公共事業の減少で仕事が減り、人員も資機材もギリギリまで絞り込んでいた。それが震災で一転した。がれき撤去に始まり、宅地や水産加工場の整備、住宅の建設など、次々と仕事が生まれた。

     同社は仕事の受注増加を受けて、震災直後からハローワークに求人を出すなどしてきた。しかし、震災で人口減に拍車がかかった地元で採用できる人数は限られる。地元の中小企業では、東京の大企業のように他の地域から人をかき集めることもできない。

     この5年間で新規採用は10人程度。定年退職を先延ばししてもらい、人材を確保している状況だ。「受注できる仕事量が増えても、働き手がいない」。熊谷社長はため息をつく。

     県内で、求職者1人あたりの求人数を示す有効求人倍率(季節調整済み)は、震災前の2011年2月が0・52倍だったが、震災1年後には1倍を超え、15年12月は1・34倍まで上昇した。沿岸部は人手不足が顕著だ。職業安定所別の有効求人倍率(15年12月分、原数値)をみると、気仙沼は2・26倍で、記録が残る1989年以降で最高を記録した。石巻も1・97倍だ。

     ただ、求人の増加は復興需要による部分が大きく、首都圏などに流出していた若い人材を恒常的に雇用できるかどうかは不透明だ。

     そんな中、健康食品会社「わかさ生活」(京都市)は、復興支援の一環として、震災直後から東北地方出身の高校生を中心とした採用枠を設けている。12年には、商品の受注などに対応するコールセンター業務を担う東北支社(仙台市)を開設。これまでに約170人を採用し、地元で働きたい高校生の雇用の場を確保した。同社は「義援金など一時的な支援よりも、継続的に復興支援ができると考えた」とし、今後も同様の採用を続ける方針だ。

     来春卒業予定の県内高校生の就職内定率は92・3%(15年12月末時点)と、震災前の10年12月末時点と比べ26・7ポイント増と大幅に上昇したが、大卒の就職内定率は震災後初めて、前年実績を下回っている。

     好調な東北の雇用環境を下支えしてきた建設需要は20年東京五輪が近づくにつれ、被災地から首都圏へと移るとみられる。県富県宮城推進室の武者光明室長は「復興需要がなくなっても、雇用を確保できるよう沿岸地域への企業誘致や産業再生に力を入れていく必要がある」と指摘する。(梶彩夏)

    2016年03月01日 05時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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