登米のふるさと大使 第1号に隈研吾さん 能舞台設計が縁 「魅力世界に通用」

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自らが設計した登米懐古館の前で登米の思い出を語る隈さん(4日、登米市で)
自らが設計した登米懐古館の前で登米の思い出を語る隈さん(4日、登米市で)

 新国立競技場(東京都新宿区)の設計者で建築家の隈研吾さん(65)が4日、登米市が新設した「とめふるさと大使」の第1号に任命され、同市内で行われた式典に出席した。同市をPRする名刺を受け取った隈さんは「登米が持つ、景観と文化が一体になった人を癒やす力は、世界に通用する。登米の魅力をアピールしていきたい」と抱負を語った。

 隈さんと登米市の交流は、合併前の旧登米町時代に始まった。隈さんによると、バブル経済が終わり、自身の設計事務所の経営も大変だった1995年頃、江戸時代から能が盛んだった登米町から、能舞台の設計を依頼されたことがきっかけだった。

 しかし、バブル崩壊後の厳しい自治体財政を反映してか、発注は相場の4~10分の1ほどの低予算。当初は「聞き間違いかな」と耳を疑ったという。それでも、地元の木材を活用し、まだ駆け出しだった日本画家の千住博氏に「安くやってくれよ」と絵を描いてもらうなどして、能舞台「森舞台」を完成させた。

 隈さんは「能舞台の設計を通じ、職人や大工から繊細な技を学んだ。今の自分に生きている。登米は人生で忘れられない場所です」と懐かしんだ。

 老朽化のため移転新築し、8日に開館する同市の歴史展示施設「登米とよま懐古館」の設計も、隈さんが携わった。「この地域の材料の良さを見てもらいたい」と、同館は屋根に天然スレート(粘板岩)を使い、土壁には地元の土、天井や軒には登米市産の杉を活用した。

 隈さんは「おいしいものを食べ、おいしい酒を飲みにまた登米に来たい」と笑いながら話した。

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779377 0 ニュース 2019/09/05 05:00:00 2019/09/05 05:00:00 2019/09/05 05:00:00 自らが設計した登米懐古館について語る隈氏(4日、登米市登米町寺池桜小路で) https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/09/20190904-OYTNI50014-T.jpg?type=thumbnail

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