誰もが幸せな一杯を
完了しました

◇奈良市のコーヒー
最良の一杯をいれるために、地球の裏側まで行って生豆を仕入れ、
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コーヒー店の2代目。大学に入学後、アルバイトの一つとして、父が経営する奈良市の近鉄奈良駅そばの店を手伝い始めた。他の飲食店のアルバイトもするうちに「飲食業界がおもしろい」と感じ、2003年、父の会社に入った。
10年に店舗を改装した際、「こだわるなら突き詰めたい」と、品質の高い「スペシャルティコーヒー」を扱うとともに、焙煎機を導入し、自家焙煎を始めた。マニュアルのない世界。日々、豆を煎りながら、どれだけ熱と時間を加えればいいか、データと感覚を積み上げていった。近畿で活動する同世代の勉強会にも参加して技を磨いた。
「コーヒーは
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スペシャルティコーヒーを扱う焙煎士には、「フロム・シード・トゥ・カップ」という合言葉がある。生豆の栽培から、消費者に一杯を差し出すまで、すべての過程にこだわりを持つという意味だ。
生豆の良しあしが、味を大きく左右する。いい豆を仕入れるには、生産農家を訪ねるしかない。昨年9月、意を決してブラジルに飛んだ。今年2月は中米のコスタリカ、ニカラグア、4月はエルサルバドルへ。農家たちは、豆を一つ一つ手摘みして、洗い、選別していた。「天候に左右されるので、雨が多い年は生活が苦しい」と聞いた。
「苦労に見合った価格で買い、たくさん売ることで、生産者の生活が安定し、現地の雇用も生む。すべての人が幸せになるコーヒーを目指そう」。少しずつ、自分で見極めた豆を増やしている。
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焙煎の技を競う全国大会「ジャパン・コーヒー・ロースティング・チャンピオンシップ」には、13年から毎回出場してきた。16年は3位に入賞したが、昨年は予選落ちに終わっていた。自分の味を認めてもらうための、越えなければならない壁だ。今年は「優勝する」と周囲に宣言して臨んだ。
大会には全国から約90人が参加。焙煎した豆を送り、6人だけが東京で開かれた決勝に進んだ。出場者には豆や焙煎機が同じように与えられ、事前に申告した通りの味に焙煎するのがルール。「甘いオレンジの風味」と指定し、苦みを抑え、高評価を得た。
「たくさんの経験を積んできたことで、思った通りに焙煎できた」と喜びをかみしめる。優勝は、県内では初めてという。来年開催予定の世界大会に、日本代表として進む。
より身近に味わってもらおうと、県内の名所をイメージした味のドリップバッグを商品化した。中秋の名月で有名な猿沢池は、やや深めに焙煎し、しっかりしたコクを出した。春日大社の春日山は、フルーティーな酸味を出した。12月には、本店を改装し、コーヒーに加えて、県産小麦を使ったクロワッサンや大和野菜を提供する予定だ。
世界に目を向けるうち、地元を意識するようにもなった。「コーヒーを通じて、奈良を発信したい」。新たな夢に向かっている。
<いだ・こうじ>
1982年、奈良市生まれ。「路珈珈(ろここ)」社長。本店「coffee beans ROCOCO(コーヒービーンズロココ)」(奈良市西御門町)に加え、2店目となる富雄店「TOMIO ROASTERY(トミオロースタリー)」(奈良市三碓)を昨年5月に開店した。焙煎豆やドリップバッグコーヒーの通販にも力を入れる。
◇<取材後記>日本一の味に感嘆
実は、コーヒーが苦手だった。特にブラックは苦くて嫌いだった。取材で、井田さんが差し出してくれたコーヒーを一口含んでみて、初めて「おいしい。すっと飲める」と思った。「日本一の一杯」がこれかと感じ入った。
「フロム・シード・トゥ・カップ」は、井田さんが何度も口にしていた。地球の裏側にまで行って豆を見極め、生産者にも消費者にも気を配る。「足で稼ぐ」といわれる記者とも似ているな……と、思わず我が身を振り返った。(細田一歩)