<2>発掘調査 教え子と道

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 ◇初代所長・末永雅雄

 1945年の終戦直後から、毎週日曜になると、考古学に情熱を注ぐ大学の研究者や中学、高校の教員、学生らが、橿原考古学研究所(橿考研)の所長だった末永雅雄の下に集まった。

 当時、橿考研があったのは木造平屋の倉庫の一角。末永とその仲間たちは、囲炉裏を囲んで座り、夜遅くまで考古学談議にふけることもあった。戦後の混乱が続いていた時代、遺跡の破壊や盗掘が相次いでいた。末永は「あそこの古墳が盗掘されたらしいから、見に行ってくれないか」などと語り、皆が休日や休暇を利用しては各地の遺跡へ走った。

 当時、中学3年の杉本憲司(86)(佛教大名誉教授)も大阪・堺市の自宅から橿原に通った。末永とは、旧制中の先輩の紹介で出会った。中学生にも分け隔てなく、発掘中の遺跡について熱っぽく語っていた姿をよく覚えている。

遺跡現場を視察する末永雅雄氏。教え子に「考古学はモノでしかわからない」と説いた(1955年頃)=県立橿原考古学研究所提供
遺跡現場を視察する末永雅雄氏。教え子に「考古学はモノでしかわからない」と説いた(1955年頃)=県立橿原考古学研究所提供

 末永の下には、後に日本の考古学界を支える森浩一(故人、同志社大名誉教授)や網干善教(故人、関西大名誉教授)らが集った。「学問は謙虚に行え」「考古学はモノでしかわからない」という末永の薫陶を受けた。

 戦後、皇国史観が歴史研究にも色濃く反映した時代を脱却し、出土した「モノ」から歴史を考える実証的な考古学が、ここ橿原で本格的に産声を上げた。

     ◇

 末永は、橿考研の創設から携わってきた。橿原市の橿原神宮周辺では1938年、2年後の神武天皇即位2600年に向け、神宮境内の拡張や現在の橿原公苑整備のため、100万人を超す国民が「建国奉仕隊」として土木作業に駆り出された。その最中、土器が大量に出土する。後に西日本の縄文時代晩期を代表する遺構として知られる「橿原遺跡」だ。

 県史跡名勝天然記念物調査会(現県教委文化財保存課)が調査責任者として白羽の矢を立てたのが、当時、同会の嘱託職員だった末永だった。末永はその年の9月から発掘を始め、土器を調べた。その現場事務所が、日本最古の公立考古学研究機関である橿考研へと発展していく。

初期メンバーが集い、活動拠点だった木造平屋の倉庫=県立橿原考古学研究所提供
初期メンバーが集い、活動拠点だった木造平屋の倉庫=県立橿原考古学研究所提供

 だが、現行の体制に整うまでには時間がかかった。長らく調査会の「橿原分室」にすぎず、ようやく51年に県立となり、70年に初の常勤職員が採用されたが、わずか6人。それまで数十人の所員は全て非常勤職員で、大学生のほか、大学教員や高校教員らが働きながら無給で調査にあたった。

 「橿考研の初期は末永先生の私設調査団」。その一人だった杉本は笑う。測量道具すら自前で調達した。「だが、苦ではなく、掘って知られざる歴史を考えるのが楽しかった」と懐かしむ。

     ◇

 「常歩無限なみあしむげん」。末永が座右の銘としていた言葉だ。ゆっくり歩けば、道は無限に続く。そんな姿勢で自ら〈末永考古学〉の地平を切り開いた。所員には考古学だけでなく、民俗学や国文学、建築史、植物学など多彩な専門家が集まり、学際的な視点が重視された。国特別史跡・石舞台古墳(明日香村)などの古墳を軽飛行機で上空から撮影し、航空写真を基に古墳の立地や周囲の地形などを把握する画期的な手法も駆使した。

 副所長の豊岡卓之(58)は「末永先生は先駆的な研究手法を積極的に取り入れ、種をまかれた。その精神を受け継ぎ、後輩の研究者たちがそれぞれの花を咲かせて今がある」と強調する。

 末永は亡くなる3年前の1988年、文化勲章を受章した。考古学界初の快挙だった。

(敬称略)

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27241 0 モノ語る―橿考研80年― 2018/06/23 05:00:00 2019/01/16 11:24:21 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20180622-OYTAI50007-T.jpg?type=thumbnail

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