<5>過疎考える交流生まれ

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「水害を知らない人たちにも当時の記憶を伝えたい」と語る角谷村長。後方の山肌には深層崩壊の跡が残る(野迫川村で)
「水害を知らない人たちにも当時の記憶を伝えたい」と語る角谷村長。後方の山肌には深層崩壊の跡が残る(野迫川村で)
野迫川村との交流計画について学生たちと話し合う中山教授(右)(奈良市で)
野迫川村との交流計画について学生たちと話し合う中山教授(右)(奈良市で)
紀伊水害の影響でできた土砂崩れダム。集落の近くにも川のせき止めが確認できる(2011年9月14日撮影、野迫川村で)
紀伊水害の影響でできた土砂崩れダム。集落の近くにも川のせき止めが確認できる(2011年9月14日撮影、野迫川村で)

 ◇紀伊水害

 野迫川村立旧北股小学校の校舎の窓からは、東に茶色い山肌が望める。2011年(平成23年)9月の紀伊水害により、山が岩盤ごと崩れた「深層崩壊」の跡だ。北股地区では、奇跡的に人的被害はなかったが、家屋の全半壊など建物被害は20棟に上った。被害を免れた旧北股小は来春、災害の記憶を伝える施設に再生され、4月から、その改修工事が始まる。角谷かどたに喜一郎村長(62)は「昨年の西日本豪雨など災害が相次ぐ中、復興を伝えるシンボルにしたい」と語る。

 県南西部に位置する野迫川村。林業を主幹産業にし、155平方キロ・メートルの広さに400人弱が暮らす。11年8月31日~9月4日の水害当時、年間雨量の半分に匹敵する1040ミリを記録。村道は寸断され、電気は止まり、村内3地区は一時孤立した。87人が住んでいた北股地区では、深層崩壊が発生し、約3万本の樹木を含んだ約120万立方メートルの土石流が流れ込み、北股川の水が集落を襲った。

 「山が割れた!」。前夜の豪雨がやみ、被害状況を確認していた9月4日、区長の中本章さん(66)のもとに連絡が入った。約500メートル離れた現場に駆けつけると、見慣れた集落は土砂にのみ込まれ、なぎ倒された木々が川をせき止めていた。水位はみるみるうちに上昇し、体の不自由なお年寄りが取り残された民家が浸水していた。何とか救助されたお年寄りは恐怖で震えていた。「自然は、時として想像を超えた脅威に変わる」。中本さんは振り返った。

 旧北股小は約3・5メートルの高台にあったため、難を逃れた。木造2階建て約590平方メートルの校舎は、約50年間使用され、児童数の減少から15年前に廃校となった。各階に2部屋ずつある教室の壁を取り払い、約100平方メートルの広さを確保。自治体職員の災害研修のほか、当時の写真や模型を展示し、住民同士の憩いの場も提供される。

 家屋が押し流される光景が脳裏に焼き付いているという北股地区の大谷弘子さん(84)は「二度と同じ目には遭いたくない。私たちの記憶をとどめ、伝えてほしい」と願う。

 紀伊水害をきっかけに誕生した活動もある。村の子どもたちと交流し、将来危惧される人口減の問題と向き合う。奈良女子大生活環境学部の中山徹教授(都市計画)と約10人の学生は、村の小中学生と勉強や運動を通した交流イベント「奈良女子大学塾」に取り組む。

 町づくりを研究する中山教授が、水害翌年に被災地を視察。過疎問題を抱えながら復興を考える研究の場として、野迫川村を選んだ。村は、国立社会保障・人口問題研究所が昨年発表した「地域別将来推計人口」において、30年後の人口減少率は72・6%になるという。45年には村の人口は123人と試算される。中山教授は「水害以降も人口流出が続く。塾の取り組みを通じて新たな人との交流が生まれ、過疎の歯止めにつながれば」と話す。

 塾は16年以降の3、8月の約1週間、野迫川中旧校舎の教室で、小中学生の約10人を対象に、学生が日頃の勉強の復習を手伝ったり、調理実習やパソコン教室を催したりする。昨年8月末は、中山教授たちが中学校に到着すると、児童生徒たちが「先生」と元気な声を上げながら駆け寄り、再会を待ち遠しくしていた様子だった。村内には高校がなく、10代後半の若者と関わる機会が少ない現状もある。

 4年丹下はるかさん(22)は「村民との交流には、人のぬくもりを感じる。過疎地だからこその良さが、野迫川村にはある」。3月に再び村を訪れる中山教授は、「観光資源に乏しい野迫川村は注目を集めにくい状況にある。塾の活動を通して、まちづくりのあり方を地域と一緒に考えていきたい」と真剣なまなざしを向けた。(鈴木彪将)

 ◇<MEMO>避難所解消3年

 紀伊水害は2011年9月の台風12号による豪雨で、奈良、和歌山、三重3県で河川氾濫や土砂崩れが発生し、死者・行方不明者数は計88人に上った。このうち、県内の死者・行方不明者数は24人。避難者は一時、938人に上り、避難所が全て解消されるまでに約3年を要した。

 土砂崩れは県内約1800か所で確認され、約8600万立方メートルに及んだ。東京ドーム69杯分の計算になる。野迫川村北股地区など16か所で土砂崩れダムが発生した。

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61224 0 平成なら物語 次代につなぐ 2019/01/06 05:00:00 2019/01/06 05:00:00 「1メートル違うだけで生死が分かれた現場を後世に伝えていきたい」と語る角谷村長(野迫川村で) https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20190105-OYTAI50022-T.jpg?type=thumbnail

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