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<1>素朴さ 自然体で生み出す

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「窯元を訪れて、自分に合った焼き物を選んでほしい」と語る小川さん(大和郡山市朝日町で)
「窯元を訪れて、自分に合った焼き物を選んでほしい」と語る小川さん(大和郡山市朝日町で)
一つ一つ大きさや形が違う湯のみ
一つ一つ大きさや形が違う湯のみ

赤膚焼

小川二楽(大和郡山市)

 回転するろくろの上に置かれた粘土の塊が、たちまち茶わんの形になっていく。「一つ一つ意識してバラバラに作っている。同じ物を作るより大変ですね」。大和郡山市朝日町の赤膚あかはだ焼窯元「小川二楽にらく」の小川一雅かずまささん(67)は、そう言って笑う。

 結婚式の引き出物として湯のみ約50個の注文を受けたことがある。手の大きさは一人一人違う。それぞれの人に合うものを選ぶのが楽しい。「『あの人にはこれが合う』とあれこれ悩まれていた。ご夫婦の心も伝わったでしょう」と振り返る。

 赤膚焼の窯元は奈良市と大和郡山市に6軒あり、自身は明治時代に創業した窯の4代目だ。研究会を2001年に設け、事務局長として最新の知見で歴史や技術を追究している。しかし、赤膚焼の名前の由来や歴史は不明な部分が多いという。

 起源について、豊臣秀吉の弟・秀長が郡山城主の時代に窯を開いたという説や、江戸時代の茶人大名の小堀遠州が開かせ、「遠州七窯」の一つとされたとの説があるが、確証はない。確かなのは、江戸時代後期、郡山藩主の柳沢保光が京都などから陶工を招いて窯を設け、幕末に名匠・奥田木白が現れ、評判が高まったことだ。

 また、現在の赤膚焼の特徴は、乳白色の釉薬ゆうやくに、松や人物などの「奈良絵」の絵付けをしたものだが、江戸時代の作品には緑釉や黄釉などの色が付いたものがあり、絵付けされているものは少ない。小川さんは「今の形になったのは、近代以降ではないか」と推測する。

 赤膚焼を作る工程は、他の焼き物とほぼ同じだ。粘土を練ってろくろで整形し、1~2週間、乾燥させる。700~800度で素焼きし、わらなどの灰で作った釉薬を施した後、1240度で本焼きをする。その後、絵付けをし、さらに800度で焼く。

 かつては地元の粘土を使っていたが、採れなくなってしまい、ほかの場所から仕入れている。また、1936年に作った登り窯があったが、近鉄郡山駅近くの市街地という立地もあり、今では電気窯を使う。時代による変化を受け入れつつ、伝統を守る。

 「京都の華麗さに比べると奈良は素朴だが、そこが魅力。技巧に走りすぎることなく、自然体で作れればいい」。淡々とした口調に、古都の文化を担う自負が垣間見えた。

     ◇

 利便性や経済性が優先されるなか、暮らしに根付いた昔ながらの手仕事は、各地で消滅の危機にさらされている。奈良の地で、先人から受け継がれてきた伝統の技を紹介する。

 〈メモ〉 一点物ばかりのため、品ぞろえは数百種類。湯のみ3500円から、茶わん1万円から、マグカップ6000円から(いずれも税込み)。陶芸教室も受け付けている(要予約)。問い合わせは小川二楽(0743・52・3274)。

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2021133 1 ならの手仕事 2021/04/30 05:00:00 2021/04/30 09:39:53 2021/04/30 09:39:53 「窯元を訪れて、自分に合った焼き物を選んでほしい」と語る小川さん(大和郡山市朝日町で) https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/04/20210430-OYTAI50002-T.jpg?type=thumbnail

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