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「夾紵棺」聖徳太子の棺?…法隆寺展で注目

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大阪・柏原 安福寺所蔵 絹製の最高級品

 布を漆で塗り固めて形作ったひつぎ夾紵棺きょうちょかん」の断片が、奈良国立博物館(奈良市)で開催中の特別展「聖徳太子と法隆寺」(読売新聞社など主催)に出展され、聖徳太子の棺ではないかと注目を集めている。夾紵棺は飛鳥時代(7世紀)にしか用いられなかった高級品。果たして本当に太子の棺なのか――。(関口和哉)

夾紵棺の断片。聖徳太子の棺の可能性が高いという(奈良市の奈良国立博物館で)
夾紵棺の断片。聖徳太子の棺の可能性が高いという(奈良市の奈良国立博物館で)

 夾紵棺の断片は、大阪府柏原市の安福寺が所蔵し、長さ98・5センチ、幅49・5センチ、厚さ2・7センチ。45枚の絹を重ね、漆で塗り固めて作られている。復元すると、箱状だった棺の側面になる。

 安福寺は奈良時代に行基が開いたと伝えられ、江戸時代に再興。夾紵棺が寺にどのように伝わったのかはわかっていない。1958年、関西大が近くの古墳の発掘調査で寺を宿舎にした際、偶然発見した。

 聖徳太子の墓は、大阪府太子町の叡福寺北古墳(7世紀前半)とされる。1879年(明治12年)の記録によると、石室内には棺を置いた棺台(長さ242・4センチ、幅110・6センチ)があり、夾紵棺の破片が「2斗(36リットル)」残されていたという。夾紵棺はすでにバラバラになっていたようだ。

 柏原市立歴史資料館の安村俊史館長は「安福寺付近に夾紵棺が出土する終末期古墳はなく、江戸時代初め頃、聖徳太子への信仰から、叡福寺北古墳で出土したものが運ばれたのではないか」と推測。棺台の大きさから、長さ約218センチ、幅約100センチ、高さ47・5センチの棺だったとみられている。

 夾紵棺は、これまで斉明天皇の墓とされる牽牛子けんごし塚古墳(奈良県明日香村)や藤原鎌足の墓とされる阿武山あぶやま古墳(大阪府高槻市)などで確認されており、最高位の被葬者しか使用されていない。

 東京国立博物館の三田覚之・主任研究員(日本・東洋美術史)は「これまで知られている夾紵棺は麻や苧麻ちょま製だが、安福寺のものは絹製で、夾紵棺の中でも最高級品。時期や場所から考えても、聖徳太子の棺の可能性が極めて高い」と話している。

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2059595 0 ニュース 2021/05/18 05:00:00 2021/05/18 05:00:00 2021/05/18 05:00:00 夾紵棺の断片。聖徳太子の棺の可能性が高い(奈良市の奈良国立博物館で) https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/05/20210518-OYTNI50002-T.jpg?type=thumbnail

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