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<紀伊水害10年>切なさ あの日のまま

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記憶の継承誓い 祈る…五條・追悼式に遺族ら100人

追悼式で慰霊碑に花を手向ける中西さん(五條市大塔町宇井で)
追悼式で慰霊碑に花を手向ける中西さん(五條市大塔町宇井で)
犠牲者の名前が刻まれた慰霊碑の前で追悼の言葉を述べる太田市長(五條市大塔町宇井で)
犠牲者の名前が刻まれた慰霊碑の前で追悼の言葉を述べる太田市長(五條市大塔町宇井で)

 2011年9月の紀伊水害から10年となった4日、8人が死亡、3人が行方不明となった五條市大塔町宇井の慰霊碑前で追悼式が行われた。参列した遺族や住民、市職員ら約100人は、犠牲者を悼み、災害の記憶を受け継いでいくことを誓った。(中井将一郎、山口佐和子)

 式では全員が黙とうした後、太田好紀市長が「災害の記憶と教訓を風化させず、災害に強いまちづくりをする」と誓い、荒井知事は「紀伊半島全体の防災力の向上を図る」と述べた。

 遺族は20人余りが参列し、長女の麻紀代さん(当時37歳)を亡くした中西和代さん(78)(大淀町)は、「山や川を見ていたら、娘がここで遊んでいたと思い出す」としんみり語った。母慶子さん(当時76歳)と弟稔行さん(当時39歳)を亡くし、父晃夫さん(当時80歳)が行方不明の辻本 員康かずやす さん(53)(大和高田市)は、「ほかの場所で起きている災害の映像を見るたびに、こんな怖い目に遭ったんやなと、苦しくなる」と話した。

 宇井地区では10年前の4日朝、熊野川を挟んだ対岸の山で、高さ250メートルにわたって斜面が崩れる「深層崩壊」が起き、集落が土砂にのみ込まれた。国がコンクリートで固めるなどの対策工事を進め、今年2月に完了した。遺族を代表してあいさつした中村彰作さん(56)(五條市)は式後、対岸を見渡し、「10年でここまででき、長いことたったな。でも、両親を亡くした切なさは変わらないし、あっという間や」と話した。

「杣師」の誇り持ち 前へ…雨で弟と息子失った則本さん

土砂崩れで亡くなった長男・光さんと弟・忠美さんの写真を手に思いをはせる則本さん
土砂崩れで亡くなった長男・光さんと弟・忠美さんの写真を手に思いをはせる則本さん
土砂崩れで亡くなった光さん
土砂崩れで亡くなった光さん
紀伊水害で亡くなった忠美さん
紀伊水害で亡くなった忠美さん

 十津川村の則本潔さん(73)は、15年前に雨による土砂崩れで長男の光さん(当時22歳)を失い、10年前の紀伊水害で弟の山本忠美さん(当時57歳)を亡くした。「雨が降ると今も息子と弟を思い出すんや」。雨が続いた今夏、2人への思いがまた募った。

 則本さんは、伝統的な儀式も執り行う木こり「 杣師そまし 」。1本数百万円の値がつき、寺社で使われるような巨木の切り出しを行える数少ない一人で、家屋や電線などに近く切り倒すことが難しいケースも依頼される。

 12月初旬に行う山の神様に感謝する「山始め」では、なたで木材を花のように削る「削り花」を供える。村で作れるのも今では則本さんだけだという。2人に跡継ぎを期待していたわけではないが、やるせない。

 2006年12月15日深夜のこと。数日前から降っていた雨の影響で、十津川村小山手の国道脇の斜面が崩れ、光さんは運転する軽乗用車ごと土砂に流された。養護施設で仕事を終えた後、村の青年団での活動に参加し、帰宅途中だった。

 次の日の早朝、山に仕事に出ていた則本さんの携帯に家族から連絡があり、現場に向かった。土砂が道路を塞ぎ、軽乗用車も埋もれていた。「車の中にいる息子が見えとった。必死に土砂をかき分けて、手をつかんだけど、すぐに出してあげられんかった」

 光さんを失い、アユ釣りなどの趣味も何も手がつかない。誇りだった杣師の仕事も3年ほど休んだ。光さんに譲るつもりだった新築の自宅にいることすらつらかった。見かねた次女とその夫から一緒に住もうと誘われ、村内にある次女宅の隣に引っ越した。それでも、「息子と一緒にいたい」と、敷地内には墓を設けた。

 息子の死から少しずつ前を向き始め、杣師の仕事にも復帰していた5年後の11年9月、十津川村を台風が襲った。弟の忠美さんから「娘たちがいるところに避難する」と電話があり、安心したのもつかの間、3時間後に避難した十津川村野尻の村営住宅で土砂にのまれ、避難していた妻ら家族とともに亡くなった。道路も寸断され、駆けつけることも、葬式に出ることもできなかった。

 伐採した木材を山から運び出す仕事をしていた忠美さんとは、一緒に仕事をすることもあった。「もっと一緒に仕事がしたかったな。今でも元気で笑う忠美しか覚えていないんや」。一度だけ仕事中に撮った写真を見つめ思いをはせる。

 「安全な場所に引っ越していれば」。そんな無念を引きずり、村で毎年8月に開かれる水害犠牲者の慰霊祭には、「悲しくなるから」と参列していない。慰霊の日でも山に入り、黙々と木を切る。この10年間も、依頼を受ければ山に入り、雨の影響で道路を塞いだ倒木の撤去も請け負った。70歳を超えたが、頼まれれば指導にもあたる。

 「これからいくつになっても杣師はやめん」。山と向かい合って元気な姿を見せることが、2人を安心させると信じている。(前川和弘)

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2341958 0 ニュース 2021/09/05 05:00:00 2021/09/05 05:00:00 2021/09/05 05:00:00 慰霊碑に花を手向ける中西さん(五條市で) https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/09/20210905-OYTNI50010-T.jpg?type=thumbnail

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