闘志前面に「星野2世」

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楽天からドラフト3位指名された倉敷商高の引地投手。マウンドでは闘志をむき出しにして投げ込む(7月の岡山大会で)
楽天からドラフト3位指名された倉敷商高の引地投手。マウンドでは闘志をむき出しにして投げ込む(7月の岡山大会で)

 ◇倉敷商高 引地 秀一郎投手 18

 10月のプロ野球ドラフト会議で、楽天から投手として3位で指名を受けた。マウンド上で闘志をむき出しにして投げ込む姿勢は、倉敷商OB、星野仙一さん(1月に死去)をほうふつとさせる。偉大な大先輩が監督だった球団からの指名に「星野さんのようにファンから愛され、長く活躍する選手になりたい」と話している。

 岡山市出身。男子ばかりの4人兄弟の長男で、「子どものころから目立ちたがり屋だった」と母親の由喜枝さん(47)。授業参観では答えが分からなくても「はい、はい」と手を挙げて発言し、小学校の運動会では応援団長を志願して務めた。

 野球を始めたのは小学1年の時。マスカットスタジアム(倉敷市)で見た巨人の選手に憧れた。「打つ、投げるということが、とにかく楽しかった」と振り返る。4年時に所属していた少年野球チームが選手不足で休部になると、「どこで野球をやりゃええんじゃ」と大泣きした。別のチームへの入団が決まった途端に笑顔が戻り、父親の代輔さん(43)は「この子から野球を取り上げてはいけない」と感じたという。

 中学時代は軟式野球部のエースとして全国大会に出場。複数の強豪私学から勧誘を受けたが、「公立の伝統校で甲子園を目指したい」と倉商に進んだ。

 入学当初からこだわったのはストレートの球速。1年生ながらマウンドに立った夏の岡山大会では、オーバースローから140キロ超の速球を連発した。

 球速を追い求めるあまり、フォームを乱した時期もあったが、走り込みやシャドーピッチングなどで下半身を安定させると、MAXも151キロまで伸びた。

 ピンチの場面では、感情を前面に出して打者と対峙たいじした。その姿は、プロ通算146勝を挙げた現役時代の星野さんの姿と重なり、地元では「星野2世」と期待された。

 しかし甲子園出場の夢はかなわず、今夏の岡山大会も、優勝した創志学園に準決勝で惜敗。このため全国的にはまだまだ無名の存在だ。同年代には、甲子園を沸かせてドラフト1位指名された大阪桐蔭高(大阪)の根尾あきら選手や金足農業高(秋田)の吉田輝星こうせい投手らがおり、「プロの世界で見返したい」と闘志を燃やす。

 現在は高校で後輩の練習を手伝いながら、5種類の腹筋をこなして体幹を鍛えたり、長距離や短距離を織り交ぜて走り込んだりして、筋力強化に励んでいる。1メートル88、84キロの体格があり、「フォームは改善の余地があるが、潜在能力は高い。今後どんどん成長するはず」(楽天の担当スカウト)と期待を受ける。

 星野さんが楽天の監督だった2013年に球団を初の日本一に導き、東日本大震災の被災地を勇気づけた姿ははっきりと覚えている。今年7月の西日本豪雨では県内でも多くの住民が被災し、自宅が浸水した友人も多くいた。「これからはプロ選手として、被災者の方たちを元気づけられるような活躍をしたい」と話している。(大背戸将)

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50173 0 「おかスポ」 2018/11/19 05:00:00 2018/11/19 05:00:00 創志学園の強打線を被安打6に抑えた倉敷商のエース・引地投手倉敷商のエース・引地投手 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20181119-OYTAI50001-T.jpg?type=thumbnail

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