輝く香草「へこたれん!」
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◇パクチー農家 植田 輝義さん 44
霜柱が降りた昨年12月下旬の朝。岡山市北区牟佐に広がる2・5ヘクタールの農地で、深い緑の葉が朝日に輝いていた。栽培されているのは香草のパクチー。豪雨後に種まきしたものが、収穫間近の高さ50センチぐらいまで育っている。
生産者の植田輝義さん(44)が手に取って口に入れた。シャリッ。茎をかむ音が響いた。「ええのができてる。この寒さで甘みが凝縮されてるわ」。満面の笑みで、パクチーを一緒につくる秋山佳範さん(36)の肩をたたいた。
植田さんがパクチーに出会ったのは2000年。農家に婿入りして黄ニラ頼りの将来に不安を感じ、相談した種苗業者から生産を勧められた。
タイ料理「トムヤンクン」などに使われる香草で、当時静岡ぐらいしか国内に産地がなかった。ただ独特の香りに好みが分かれ、植田さんも初めて口にした時は、刺激的なにおいに抵抗を感じた。
「売れるかな」。半信半疑で取り寄せた10種類の種を試験栽培したところ、うち1種は香りが控えめで、妻が作った豚のショウガ焼きにのせるとうまかった。「これは当たる」。そう確信した。
東南アジアが主要産地。極度の暑さや寒さを嫌うため、遮光ネットやビニールハウスで温度管理し、数年かけて同じ品質のものを通年で収穫できるようにした。
「こんなニオイのもんに手を出して」。陰口を言われてもひるまず、JA岡山のパクチー部会長に就いて仲間集めに走り回った。就農希望者がいると聞けば、自宅を訪問したり、酒を飲みに行ったりして勧誘した。大根を栽培していた秋山さんも心を動かされて加わった一人だ。
仲間は十数人になり、「岡パク」と名付けて売り出すと、マイルドな味が首都圏で人気を呼んだ。17年には23トンを出荷するなど、全国屈指の産地に成長した。
「もっと産地と人を橋のようにつなぎたい」。昨年7月、そう考えて農産物の生産販売会社「アーチファーム」を設立した。
その4日後。豪雨で地区内を流れる旭川の支流が氾濫した。消防団のメンバーとして救助活動に参加しながら畑のことが頭から離れなかった。
「だめやろな」。数日後、水が引いたばかりの畑に足を向けた。青々と茂っていたパクチーや黄ニラは泥に埋まっていたり、横倒しになったりして、無残な姿をさらしていた。近隣農家の畑も軒並み冠水していた。
力なくしゃがみ、茶一色のデコボコ畑を見渡した。ふと緑色の葉っぱが目に入った。6月に植えたパクチーの若葉だった。「小さいのによう耐えたなあ」。生命力に涙がこぼれた。
出荷ができず、契約していた飲食店からは「料理が作れない」「今後は他県産のものを使う」と苦情を受けた。「申し訳ありません」と頭を下げながら、あの若葉を思えば、「下を向いておれん」という気持ちになれた。
豪雨後の日照りで硬くなった畑にトラクターを出し、種が植えられるようにした。「待ってるから頑張って」という得意先もあった。人情が身にしみた。
今、出荷ゼロをなくすため考えているのは、保存できるフリーズドライのパクチーだ。数年前に試験製造を依頼した経験があり、専用機器を持つ企業と商品化に向けた検討を始めている。
「災害にも負けない強い橋をつくる。まだまだへこたれんで」。そう言って、パクチーを頬ばった。(坂下結子)
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◇農作物 被害7億円
県内の農作物は豪雨による土砂流入や冠水で約7億円の被害を受けた。田畑の3856か所で土砂の流入などが相次ぎ、農業用施設の水路や農道でも被害が確認された。
最も大きかったのは水稲の約4億2700万円。倉敷市真備町の主要産物で、全県では845ヘクタールが被災した。ブドウも約1億4800万円に上ったほか、黄ニラは約1100万円、パクチーは約700万円だった。
県は、農地や施設の復旧については、災害査定を完了した場所から順次、復旧工事に着手している。農家に対しては、被災した農機具の再取得などを支援する事業費を補正予算に計上したほか、復旧費を助成する「グループ補助金」の活用を促している。