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オランダ通り 新旧同居

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1980年代の通りの様子(浅野さん提供)
1980年代の通りの様子(浅野さん提供)
多くの店が並ぶオランダ通り(岡山市北区で)
多くの店が並ぶオランダ通り(岡山市北区で)

表町商店街

山陽新幹線開業契機

 岡山市表町商店街の東側を通る通称・「オランダ通り」。約1キロの南北の通りには人気の料理店やカフェなどが多く、週末を中心にまち歩きを楽しむ家族連れらが訪れる場所として定着している。

 オランダ通りの始まりは、1972年に山陽新幹線が岡山駅まで開業したのが契機の一つとなった。岡山市によると、表町周辺のにぎわいと、急速に開発が進む駅前とのバランスをいかに取るか検討が進められた。その結果、表町商店街と回遊性を持たせ「心の触れ合いのある街」として、90年代半ばにエリアの開発が動き出した。

楠本イネにちなむ

 当初は表町商店街を挟んで東西の道を、「東通り」と「西通り」として再整備する計画だった。通りの名称は日本の近代化に貢献したドイツ人医師・シーボルト(1796~1866年)の娘で、「オランダおいね」の愛称で知られる日本初の西洋医学の女性産科医、楠本イネ(1827~1903年)が、周辺で医学を学んだことにちなんだ。

 その後、西通りは整備に至らなかったが、東通りはオランダをイメージした石畳を敷き、景観や災害発生に配慮して電線などを地中に埋設。道路幅を狭くして一部を屈曲させるなど自動車の速度抑制の手法を取り入れ、歩行者優先の道路となった。

 その効果もあり、2000年頃には行き交う人が増え、進出した店などを束ねる「オランダ通り商店街振興組合」が発足。07年からオランダ名産のチューリップを通りに飾る「オランダフェスティバル」などのイベントも開催された。地域通貨「おいね」の発行も始まるなど、にぎわいをみせるようになった。

 同組合の元会長の浅野智宏さん(56)は、「地域通貨などの取り組みは、リピーターを増やすことに一役買ったと思う。長年人気の店と、新たに出店した店が仲良く並んでいるからこそ、実現できたのではないか」と振り返る。

若手経営者に人気

 現在、組合は解散し、大きなイベントや地域通貨の発行も行っていないが、おいしい料理や居心地の良いカフェなどを目当てに訪れる人は少なくない。岡山市によると、城下町の流れをくむ商店街沿いは、奥に広い「ウナギの寝床」のような間取りが多い。一方、再開発されたオランダ通りはこぢんまりとした店舗が多く、若手の飲食店経営者から人気があるという。

 週末に長い行列ができる「パスタ食堂アントロワ」を営む中村和也さん(31)もそのひとり。14年の出店の際、多くの候補地からまち並みに魅力を感じ、オランダ通りを選んだ。当初は近所に知人がおらず心細かったが、他の経営者らが積極的に声を掛けてくれ、「うちのお客さんにも紹介する」と話してもらったこともあるという。

 中村さんは「居住地と商業地が一体になっているので、繁華街特有の人間関係が希薄な感じがしない。これからもこの場所で頑張っていきたい」と笑顔で語った。(下林瑛典)

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1850185 0 New門@岡山 2021/02/18 05:00:00 2021/02/18 05:00:00 2021/02/18 05:00:00 1980年代のオランダ通り商店街の様子(浅野智宏氏提供) https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/02/20210217-OYTAI50020-T.jpg?type=thumbnail

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