南山城跡 年内切り崩し

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南山城跡の現地説明会で、切岸や竪堀を写真に収める参加者(倉敷市で)
南山城跡の現地説明会で、切岸や竪堀を写真に収める参加者(倉敷市で)
南山城跡から見える小田川と高梁川の合流点
南山城跡から見える小田川と高梁川の合流点

 ◇小田川工事短縮で

 倉敷市真備町川辺、船穂町柳井原にある「南山みなみやま城跡」で、県古代吉備文化財センターが発掘調査を進めている。調査は、小田川と高梁川の合流点付け替え工事に伴い、2017年度から実施。昨年7月の西日本豪雨を受けて工期が10年から5年に短縮された関係で、城跡周辺は今年中に切り崩されることになり、同センターでは「中世の山城では他に例がないほど堅固な造り。ぜひ生で見てほしい」と、要望に応じて見学会を開催している。(大背戸将)

 ◇要望に応じ見学会

 南山城跡は約110メートル四方。小高い丘(標高約70メートル)の尾根にあり、北と東を巡る小田川と柳井原貯水池(旧・西高梁川)が堀の役割を果たしているなど、防御に優れた場所にある。同センターによると、城の構造や城内で見つかった銅銭や茶わんなどから、戦国末期に毛利氏が築城した可能性が高いという。

 17年度の調査では、城跡の周辺で弥生~古墳時代の円墳や竪穴住居跡、土器などが見つかった。18年度は、城跡の北半分を中心に掘り進め、尾根筋を通って侵入してくる敵を足止めする「堀切」(最大幅5・9メートル、深さ2・8メートル)や、味方武士の待機場所となる「曲輪くるわ」などが出土。曲輪の西端には高さ約5メートルの土塁があり、やぐらが建っていたとみられる。

 このほか、斜面沿いに作られた堀が何本も並ぶ「畝状竪堀群うねじょうたてぼりぐん」や、曲輪周囲を人工的に切り崩した「切岸きりぎし」、斜面を登ってくる敵を撃退するためのものとみられる多数の石なども発見。同センターの弘田和司・調査第3課長は「高梁川以東が毛利氏の敵領地だった1580年代に守りを強化し、現在の形になった可能性がある」とみている。

 同センターでは25日に現地説明会を開き、午前の部には約90人が参加した。職員が城跡の防御施設を一つ一つ紹介しながら、「『侵入者を絶対に寄せ付けない』という築城者の意志が感じ取れる」などと説明。里庄町の無職杉井睦保さん(68)は「これだけ守りを固めた城が必要だったなんて、当時はどれほどの緊張状態だったんでしょう」と話していた。

 南山城跡が切り崩された後は、出土した茶わんなどは県教委が管理・整理していくという。

 見学会の問い合わせは、同センター発掘調査事務所(086・552・4757)。

405622 0 ニュース 2019/01/29 05:00:00 2019/01/30 10:33:00 2019/01/30 10:33:00 敵の侵入に備えて作られた切岸や竪堀などを写真に収める参加者(倉敷市の南山城跡で) https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20190129-OYTNI50031-T.jpg?type=thumbnail

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