沖縄戦体験者証言7か国語で「戦争の実相世界へ」…県平和祈念資料館ネット公開

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母親と弟を亡くした沖縄戦を振り返る神谷さん(手前はインターネットで公開されている神谷さんの証言映像)(16日、沖縄県うるま市で)=栗山紘尚撮影
母親と弟を亡くした沖縄戦を振り返る神谷さん(手前はインターネットで公開されている神谷さんの証言映像)(16日、沖縄県うるま市で)=栗山紘尚撮影

 証言映像や写真で悲惨な戦争の様子を伝える「沖縄県平和祈念資料館」(糸満市)は、沖縄戦などを体験した70人の証言を7か国の言葉に翻訳し、吹き替えと字幕を入れてインターネット上で公開を始めた。近年、外国人の入館者も増えており、関係者は「戦争の実相を世界中の人々に知ってもらいたい」と願う。

 〈母も弟も自分のそばにいるんだけど、爆弾で粉々になって、自分も肉片を浴びました〉

 同県うるま市の神谷洋子さん(83)は、70人の証言者のうちの1人。米軍が沖縄本島に上陸した1945年4月当時、9歳だった。証言映像では、母親と弟を失って遺体の散乱する戦場を一人でさまよったこと、誰かを頼りたくて近くにいた一家についていくと「お前がここで泣いたら、私たちまで殺される。あっち行け」と棒でたたかれたこと、米軍に捕らえられたこと――などを振り返っている。

 資料館はこれまでも館内で紹介してきた証言映像に、新たに撮影した分も加えてネット上で公開することを決定。英語、中国語、韓国語、スペイン語、ドイツ語、フランス語、マレー語の7か国語に翻訳し、日本語版とともに3月15日に公開した。視聴回数は6月20日までに計4607回となっている。

 多言語化の背景には、外国人の入館者の増加もある。2007年度には4937人だったが、17年度には約3・5倍の1万7475人と、過去最高になった。特に中国や台湾、韓国からが多いという。上原恵二学芸班長は「平和を求める沖縄のこころを世界に発信し続けたい」と話す。

 戦後、夫と鮮魚店を営み、子ども6人を育て上げた神谷さんも、多言語化の取り組みを前向きに受け止めている。「『母ちゃんが死んだから助けてください』と言っても誰も助けてくれないのが戦争。独りぼっちで逃げ回った。ありのままの体験を国内外の人たちに知ってほしい」と語った。

 証言映像は1人4~13分程度。選んだ言語で字幕が表示されるとともに、音声が流れる。特設ページのアドレスは次の通り。http://www.peace-museum.pref.okinawa.jp/evidence/

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652669 0 ニュース 2019/06/23 05:00:00 2019/06/23 05:00:00 2019/06/23 05:00:00 母親を失い孤児となった沖縄戦を振り返る神谷さん(午後3時4分、沖縄県うるま市で)=栗山紘尚撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/06/20190623-OYTNI50004-T.jpg?type=thumbnail

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