消えた入れ墨文化伝える、沖縄「ハジチ」企画展

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企画展で展示されているハジチの図柄を彫り込んだシリコーン製の腕(那覇市で)=矢野恵祐撮影
企画展で展示されているハジチの図柄を彫り込んだシリコーン製の腕(那覇市で)=矢野恵祐撮影

明治政府禁止「異文化考える契機に」

 女性の手に様々な形の模様を彫る「ハジチ」と呼ばれた沖縄の入れ墨が明治政府によって禁止されてから、今年で120年。「憧れ」だった風習が、突然「野蛮」と位置付けられ、多くの女性が偏見にさらされた歴史を伝える企画展が、那覇市で開かれている。ラグビー・ワールドカップ(W杯)で海外選手らのタトゥーが話題となる中、研究者は「異文化との向き合い方を考えるきっかけにしてほしい」と願っている。

 企画展は沖縄県立博物館・美術館で開催中の「沖縄のハジチ、台湾原住民族のタトゥー 歴史と今」。1990年代から当事者らの証言を集める活動を続けている都留文科大(山梨県都留市)の山本芳美教授(51)(文化人類学)が発案し、11月4日まで開かれている。

 ハジチは「針突」と書き、成人や結婚の証し、厄よけなどの意味がある。「針突師ハジチャー」と呼ばれる彫り師が、深青色の墨で丸や三角などを組み合わせた模様を手の甲や腕に彫った。琉球王国時代の1500年代から行われていたとの記録が残り、同様の風習は奄美群島でも見られた。

 だが、琉球王国が日本となった後の1899年、西洋文化を取り入れる明治政府はハジチを野蛮な風習とみなし、禁止した。山本教授によると、同年には彫り師やハジチを入れた女性223人が検挙されたという。

 生き証人の高齢化が進んだ1980年代、県内では各自治体が当事者の調査を実施し、記録に残す取り組みが広がった。今回の企画展では、延べ約2000人の調査の記録を写真やイラスト付きで紹介。ハジチを再現したシリコーン製の腕の模型も展示している。

 企画展を訪れた同県西原町の学童支援員仲宗根尚美さん(60)は、明治生まれの親戚の両手にハジチがあったことを覚えている。女性は結婚後に米ハワイへ移住。周囲の目を気にした息子から「『汚い感じがして恥ずかしいので手袋をして』と言われた」と悲しそうに話したのを思い出すという。「元気な女性だったが、大変なことも多かっただろう。貴重な文化と歴史を継承したい」と仲宗根さんは言う。

 山本教授も約200人の関係者らを調査。右腕に塩酸をかけてハジチを焼き取った女性の「大阪や東京に行った時は、長い手袋をした。みんなから見られ、恥ずかしかった」などの証言を紹介している。「当たり前の価値観や習慣が覆されるとはどういうことか考えるきっかけになればと思う。多文化と向き合う姿勢が21世紀の社会的常識であってほしい」と話す。問い合わせは主催のNansei(098・867・1300)へ。

台湾歴史見直し復活も

 日本では反社会的勢力と関連づけて見られがちな入れ墨だが、海外では文化や伝統として広く受け入れられている国・地域もある。

 W杯のニュージーランド代表が見せる民族舞踊「ハカ」で有名な先住民族マオリ族は、顔などにタトゥーを入れる。模様や部位によって、社会的地位や婚姻状況などを表す意味があったという。

 台湾の先住民族にも習慣として口や頬などにタトゥーを施していた歴史がある。沖縄同様、1900年代初めに施術が規制された過去があるが、2000年代に入り、台湾全体で先住民族の文化に着目して再現する動きが活発化。幅広い世代で復活し始めているという。台湾のタトゥーの歴史は、企画展でも紹介している。

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856095 0 ニュース 2019/10/21 15:00:00 2019/10/21 15:01:20 2019/10/21 15:01:20 企画展で展示されているハジチの図柄を彫り込んだシリコン製の腕(10日午後6時10分、那覇市で)=矢野恵祐撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/10/20191021-OYTNI50013-T.jpg?type=thumbnail

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