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理不尽への抵抗、歌に…コザ暴動20日で50年

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 沖縄県コザ市(現・沖縄市)で、米国統治に対する住民らの怒りが噴出したコザ暴動から20日で50年となる。同市出身の歌手・佐渡山豊さん(70)も加わった一人で、人間の尊厳をかけた「ウチナー(沖縄)蜂起」だったと話す。19日には故郷でライブを開き、沖縄の魂を歌う。

 「豊、起きろ。革命になるぞ!」。1970年12月20日未明、友人にたたき起こされた。人だかりを分けて軍道24号(現・国道330号)に出ると、20台ほどの車が横転し、一部は炎を上げていた。当時、琉球大2年。「まだ夢の中にいるのか」と目を疑った。

 幼い頃から米軍は身近な存在で、小学校ではサンタクロース姿の軍人にプレゼントをもらった。しかし、米兵による事件事故は後を絶たず、近所の人も被害に遭った。暴動を傍観することはできなかった。

 現場には歓楽街から酔客や女性らが集まり、米軍関係者が乗る「黄ナンバー」の車を止めてひっくり返した。ただ、けがはさせないように運転手は先に降ろし、差別されていた黒人が運転する車は通した。「狂気ではなく、人権無視は許さないという気持ちで一つになっていた」と振り返る。

 沖縄が本土に復帰した翌年の73年、東京のレコード会社からデビュー。ヒット曲は沖縄の言葉を用いた「ドゥチュイムニィ」(独り言)だ。琉球王国から日本、米国統治から再び日本へと翻弄ほんろうされた故郷を描き、「沈黙が金ならば、金など欲しくない。おしゃべりのままでいたい」と歌った。

 5年間活動した後、建築関係の仕事に就いた。米軍基地でも働き、人種によるヒエラルキー(階層)を目の当たりにした。95年には米兵による少女暴行事件が起き、抗議の県民大会に参加。直後に泡盛のCMに「ドゥチュイムニィ」が採用された。「何をしてるんだ」と曲に叱られている気がして音楽の道に戻った。

 今も米軍専用施設の7割が集中する沖縄。19日には沖縄市でライブを行い、コロナ禍で参加できない人に向けてネットで同時配信する。「理不尽に慣れてはいけない」。そのメッセージを歌に乗せて届ける。

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