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    <1>変わる新世界

    • 「自分たちの力でもっと変われる可能性を感じる」。新世界の雑踏の中、楠谷さんは言った=前田尚紀撮影
      「自分たちの力でもっと変われる可能性を感じる」。新世界の雑踏の中、楠谷さんは言った=前田尚紀撮影

     ◇アトリエにぎわい創作

     派手な看板が客を誘う「串カツ屋」が軒を連ね、国内外からの観光客が路地を埋める新世界。

     ここはかつて、労働者が集まって、立ち飲み屋で酒を酌み交わしながらよもやま話に花を咲かせ、明日の仕事に備える街だった。

     人々が放つ喧噪けんそうが、にぎわいをつくっていた。

     「でもある時期、がらーんとして、ほとんど人がいなくなったんですよ」。2000年に新世界で工務店を営む夫と結婚し、この街に来た楠谷美樹さん(47)が教えてくれた。

     1990年代、バブル経済崩壊による不景気や建設現場の機械化で、必要とされる建設労働者の数が減った。新世界近くの「あいりん地区」が担った労働者の募集に、ネットや求人広告で直接行う方法が加わった。そして、かいわいに集まる労働者が減った。

     楠谷さんが言う。「ここに来て、5年くらいたった頃ですかねぇ。商店街はお客さんがいなくなって『シャッター通り』になった。住宅街では、空き家も目立つようになったんです」

     楠谷さんの工務店の隣にも空き家があった。夫と「人もおらんし、使い道ないで。買い取って駐車場にでもするか?」と話しあった。だが、美大出の楠谷さんは「自分の気持ちにはあわない」と思った。

     若い芸術家たちは創造拠点を欲しているけれど、経済力があるわけではない。幸い、新世界は物価が安く、家賃もぐっと抑えられる。「必ず人は来る」と、隣を改装して12年に始めた貸しアトリエは当たった。常に満室の盛況ぶりだ。

     新世界の南側にたくさんある簡易宿泊所(簡宿)も、労働者が減って閑古鳥が鳴いた。2000円もあれば1泊できる手頃さが、外国から格安旅行で来日する「バックパッカー」の目に留まった。通天閣の足元を散策する観光客を目当てに立ち飲み屋から変身した、串カツ屋がどんどん増えた。

     楠谷さんの貸しアトリエで「修業」を終えた作家たちは、近くで自分の工房や店を開いた。そこにも観光客がやってくる。店の評判が全国に広がり、また人がくる好循環も生まれた。

     外国人観光客に「ファストフード」と人気の串カツ屋に行列ができ、店選びでスマートフォンに額を寄せる姿も路地にある。簡宿のフロントには、英語で接客ができるスタッフもいる。

     「18年前『なんというところに嫁にきたんやろ』と思わされた街が、ここまで変わるなんてね。今は、自分たちの力でもっと変えていけるんじゃないかという、期待感でいっぱい」。楠谷さんはしみじみと話す。

     新世界の変化だけでも、大阪人をうならせるのに十分なのに、昨春、もっと驚くニュースが飛び込んだ。新世界の西隣にあるJR新今宮駅前の一帯が「リゾート開発」されるという。

     70~80年代に大阪市が取得して以来、塩漬けになっていた1・4ヘクタールを、全国でリゾート開発を成功させてきた「星野リゾート」(長野県軽井沢町)が18億円で買い取った。ここに、高級ホテルが建てられるのだ。

     「新今宮でリゾート?」「成功するとおもてるん?」――。そんな声に、同社の星野佳路よしはる代表は反論する。

     「新世界だって、あんなに変わりましたよね」「ここはすごい可能性を秘めてる。ちょっと東に行けば『あべのハルカス』やショッピングモール、きれいな公園もあるじゃないですか」

     それに、このあたりは、いくつもの鉄道駅が集まった場所だ。JR大阪環状線、同関西線、南海線、市営地下鉄御堂筋線、同堺筋線の駅では毎日、あわせて27万人ほどが乗り降りする。阪神高速の入り口もすぐそこにある。

     関西空港、京都、奈良へどんどん観光客を運べる場所だから、南海電鉄は来日外国人と地元の人々が交流できる拠点施設を建てる。

     新世界の変貌へんぼうを追い、簡宿の外国人客受け入れや新今宮地区の活性化を支援してきた、阪南大教授の松村嘉久さん(51)は言う。

     「楠谷さんのように『もっと変われる』と信じる力を持つ人が幾人もいる。簡宿の経営者らは外国人をもてなす経験を積んで、十分な力を得てきている。この街には、リゾート開発ですら成功させられるだけの可能性が芽生えているんです」(彦坂真一郎)

     ◇駆ける新時代

     ここ数年で、大阪の「国際化」に大きな変化が出てきている。関西空港が国際空港として隆盛し、一昔前には夢物語だった関空アクセス鉄道新線「なにわ筋線」の計画が進み、外国人観光客を当て込んだ未曽有のホテル建設ラッシュが続く。

     ◇関空 外国客の人波

     国際航空路線の中心的存在・ハブ空港になるべく誕生した関空は2000年代に入り苦境の連続だった。

     01年9月の米同時テロ、関西経済低迷、03年の新型肺炎(SARS)騒動、08年にはリーマンショック――。00年度に開港以来最多の2057万人を記録した旅客数は、09年度に1351万人に落ち込んだ。米国本土や欧州直行便は休止、減便が相次いだ。

     12年度以降は中国人の訪日増に救われ回復、格安航空会社(LCC)の積極誘致も奏功した。LCCは17年冬期で19社が23都市に週481便を飛ばし、国際線定期旅客便の4割に及ぶ。

     16年度の旅客数は2572万人を記録。開港翌年度に国際線利用客の18%(165万人)だった外国人客は、16年度に65%(1242万人)になった。

     「関西の多様な魅力が外国人を呼び、宿泊施設が増え、さらに人を呼べる好循環が生まれた」。そう語る、運営会社「関西エアポート」の山谷佳之社長は「伸びしろはある」と期待する。

     ◇客室フル稼働

     ホテル建設ラッシュの背景には、中国や東南アジア諸国に対する観光ビザ発給緩和や円安による、来日外国人急増がある。2011年に約218万人だった府内の外国人宿泊者は16年に980万人と4.5倍になり、宿泊施設の全客室で実際に客が利用した割合(客室稼働率)は14年から3年連続日本一だ。

     宿泊施設新築で、府内の客室数は14年度から2年間で約5000室増えた。不動産サービス大手「CBRE」(東京)によると、大阪市内だけで17年中に42棟6737室、18年は36棟6653室、19年以降10棟4423室が増える見込みだ。

     自治体も宿泊施設の誘致に本腰を入れる。関空のおひざ元泉佐野市は16年、最大1億円の奨励金拠出を盛り込んだ条例を施行。熊取町も同年、土地・建物の固定資産税相当額を7年間交付する助成制度を作った。

     日本政策投資銀行関西支店の森下正弥調査役は「ラグビーワールドカップ、東京五輪を控え、宿泊施設新築の余地はある」と話す。

     ◇鉄道新線 計画続々

     関空と大阪都心をつなぐ鉄道新線建設が動き始めた。1989年(平成元年)に計画推進が決まりながら、バブル経済の崩壊などで頓挫した「なにわ筋線」が、現実のものになる。2031年春の開業予定だ。

     JR西日本は96年にJR難波駅(大阪市浪速区)を地下化した際、なにわ筋線建設を見越して駅終端部を同線が地下に走る予定の府道に向けて西に曲げ、延伸可能な構造にしていた。

     約30年の足踏み状態を、訪日外国人客の増加が一変させた。府と大阪市、JR西日本、南海電鉄、阪急電鉄は昨年5月に早期事業化で合意。3300億円をかけ、JR大阪駅北側の「うめきた」地下の北梅田駅(仮称)とJR難波駅、南海電鉄の新今宮駅(同西成区)を結ぶ、地下新線を建設することになった。

     開業すれば、1時間かかっている梅田―関空間が最速で40分になる。阪急は十三駅から延ばす連絡線でなにわ筋線に乗り入れ、宝塚線では曽根駅(豊中市)から大阪(伊丹)空港への新線計画も打ち出した。

    2018年01月01日 05時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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