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謙虚な姿勢「今のままで」

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ブレイキン世界王者を育てた  半井(なからい)   路美(るみ) さん 47<下>

BC Oneで優勝し、チャンピオンベルトを突き上げる重幸さん(昨年11月撮影、(C)Dean Treml/Red Bull Content Pool)
BC Oneで優勝し、チャンピオンベルトを突き上げる重幸さん(昨年11月撮影、(C)Dean Treml/Red Bull Content Pool)
ブレイキンが2024年パリ五輪の追加競技に決定したことを受け、報道陣にダンスを披露する重幸さん(昨年12月、川崎市で)
ブレイキンが2024年パリ五輪の追加競技に決定したことを受け、報道陣にダンスを披露する重幸さん(昨年12月、川崎市で)

 2020年春、ブレイキン選手の半井重幸さん(19)は新たな一歩を踏み出した。

 高校を卒業し、大阪狭山市の実家を離れて川崎市で一人暮らしをスタート。所属するダンサー専門のマネジメント会社を通して、将来性に期待を寄せる企業のスポンサー契約が相次いだ。

 だが、新型コロナウイルスが門出に影を落とした。

 緊急事態宣言下で、一人トレーニングを重ねる日々。小学生の時から、招待選手として大会に出場するため、毎週のように海外と日本とを往復する生活を送ってきただけに、落差は大きかった。母の路美さん(47)には、電話や無料通信アプリ「ライン」で「最近、人と話してへんねん」「毎日、同じことだけを繰り返してる」と本音を漏らした。

 「18歳までに『BC One』の最年少優勝を果たす」という母子の目標にも、暗雲が垂れ込めた。8月、主催者が予選から全ての試合中止を発表したのだ。

 「大会が開催される時、成長した姿を見せられるように」と、練習に励んでいた10月、朗報が届く。各国の予選は省略し、招待選手8人による世界大会決勝を行う方針が伝えられ、重幸さんはその一人に選ばれた。

 迎えた決戦の11月29日。

 初戦でミスが出た。手や背中を床につき、体操のあん馬のように開いた脚を旋回させる大技で、わずかにバランスを崩したのだ。目の肥えたダンサーでも気づかないほど小さな軸のゆがみだが、対応を誤れば失速し、致命傷となりかねない。

 そこで冷静に体勢を立て直し、スムーズに次の技へつなげたのを見て、路美さんは確信した。

 「今日の重幸なら、大丈夫。力が出し切れずに後悔するような負け方はしないはず」

 脳裏をかすめたのは、2年前の「挫折」だった。

 18年にアルゼンチンで開催されたユース五輪。ブレイキンが初めて競技に採用され注目を集める中、16歳だった重幸さんは金メダルの最右翼と目された。

 だが、結果は銅メダル。波に乗り切れないまま空回りした上、自らのミスに動揺して後の演技にも響いてしまった。初めて日の丸を背負う重圧もあっただろう。試合後、「どんな顔して帰国したらいいのかわからへん」とうなだれる姿が忘れられない。

 「すごく心に傷を負ってるのがわかるから、その話には触れることすらできずにいた。でも、ちゃんと、克服していたんですね。『BC One』の重幸は、別人のように自由でした」

 5人の審査員は、初戦で4人、準決勝で全員が重幸さんを選んだ。勢いそのままに臨んだ決勝。スマートフォンで観戦していた路美さんは、4―1で優勝が決まった瞬間、跳び上がった。18歳8か月での最年少優勝。4年前の「宣言」を思い出し、身震いした。

 ただ、最も成長を感じたのは、直後の重幸さんの言葉だった。司会者からマイクを渡された重幸さんは、息を弾ませたまま滑らかな英語で語り出した。

 「2020年はタフな1年だった。僕らは互いを抱きしめたり、握手したりすることができなかった。でも、ダンスと音楽を愛する限り、僕らは幸せだ。ただ、強くあろう。そして、来年また会おう」と。

 「この状況下での大会開催が当たり前ではないことを、かみしめているからこそ出た言葉。この子は、この思いを世界の人たちに伝えるために優勝したのかなと感じるほどでした」

 激戦を終えた後、重幸さんと久しぶりに再会した恩師のカズヒロさん(45)は、世界王者となってなお、謙虚に学ぼうとする姿勢に驚いた。

 その理由を、本人は、こう説明したという。「幼い頃も現在も、どんなに大きな大会で優勝して帰国しても、車で迎えに来た母は、必ず『練習場所に寄ってから帰る?』と言うんです。そのことを、しんどいと感じた時期もあったけど、今は感謝しています」

 昨年12月、ブレイキンは24年パリ五輪の追加競技に正式決定した。金メダルへの期待。魅力を多くの人に伝える役割。重幸さんはすべてを、真正面から受け止める覚悟でいる。

 そんな息子に、路美さんは、あえて何も言うつもりはない。

 「今のままでいてほしい。見る人に楽しさが伝わるダンスをして、その結果、勝てたのなら最高なんじゃないかな」

(南暁子が担当しました)

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2028525 0 母なればこそ子と歩む 2021/05/04 05:00:00 2021/05/04 05:00:00 2021/05/04 05:00:00 BC Oneで優勝し、チャンピオンベルトを突き上げる重幸さん(昨年11月撮影、【コピーライトマーク】Dean Treml/Red Bull Content Pool) https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/05/20210503-OYTAI50010-T.jpg?type=thumbnail

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