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大衆演劇の「華」を育てた (ひめ)()  ほたるさん 41<中>

次の演目に使う衣装を選ぶ海老之助さん(左)と母・ほたるさん(大阪市北区で)=枡田直也撮影
次の演目に使う衣装を選ぶ海老之助さん(左)と母・ほたるさん(大阪市北区で)=枡田直也撮影
楽屋に敷かれた布団で仲良く就寝する4人の子どもたち(右から海老之助さん、恋之助さん、天花さん、七星さん、2015年撮影=ほたるさん提供)
楽屋に敷かれた布団で仲良く就寝する4人の子どもたち(右から海老之助さん、恋之助さん、天花さん、七星さん、2015年撮影=ほたるさん提供)

 全国を行脚する大衆演劇の一座に生まれ、家族とともに劇団「花車」を支える姫 海老之助えびのすけ さん(19)。13年前の夏、八尾市の劇場で昼の部の出演を終えた母・姫乃ほたるさん(41)は、楽屋に戻って慌てた。

 「いつもならとっくに小学校から帰ってきているはずの海老之助の姿がどこにも見あたらなかったんです」

 劇場からほど近い小学校に連絡を入れると、しばらく前に下校したとのこと。まだ1年生、おまけに数日前に始まった公演のために転校してきたばかり。「さらわれたのかも」と不安にかられ、おしろいを塗った舞台化粧のままで外に飛び出した。

 周囲を捜し回ると、曲がり角のコンビニ前にランドセルを背負った海老之助さんがぽつんと座り込んでいた。

 「劇場までの帰り道がわからなくなったようなんですが、息子よりも私の方が不安に押しつぶされそうで。その日から、なじみのない土地で子どもを登校させる怖さに耐え切れなくなってしまいました」

 悩んだ末、ほたるさんが出した結論は、海老之助さんと1歳上の姉 姫百合ひめゆり七星ななせ さんを「実家に預けて通学させる」というもの。

 「普通の学校生活を味わわせてやりたかったのもありますが、大人ばかりの座員に囲まれて暮らしていると、子供っぽさが失われてまうんじゃないかとの心配もあって」

 大衆演劇とは縁のない家庭で育ったほたるさんだからこその決断。海老之助さんは、5年間、実家のある北九州市の小学校で過ごし、貴重な思い出を残すことができた。

 「その分、本格的な芸の稽古に入れたのは10歳を過ぎてから。深夜まで夫から付きっきりで指導を受け、ステージの出番が増えてくると、化粧を落とすやいなや鏡の前に倒れ込む姿を何度も見ました」

 建設業を営む家に育ったほたるさんは、中学3年の時、たまたまテレビに映っていた姫 錦之助きんのすけ さんを見て大衆演劇の存在を知った。近くの健康センターで公演していると聞き、母親と一緒に観劇に訪れたことが、その後の人生を大きく変えた。時にりりしく、時に あで やかに舞台で躍動する錦之助さんの姿に「ひと目ぼれ」してしまったのだ。

 「それまで大衆演劇という言葉さえ頭になかったのに、追っかけのようになってしまって」

  贔屓ひいき 筋の人から紹介してもらい、座員が公演終わりに出口に並ぶ送り出しの時、「ファンなんです」と思いを伝えた。電話番号を交換し、お茶を飲みに出かけるようになるのに日数はかからなかった。

 ただ、食事やおしゃべりが楽しめるのは、昼の部と夜の部との間だけ。いつも公演に追われていた錦之助さんと一緒にいられる時間はわずかだった。

 そんな日々が2年ほど続いた高校2年の冬、もっと2人っきりの時間を過ごしたい。それだけの思いで小倉駅から新幹線に飛び乗った。17歳の2人は、家族に連絡も入れずに、何日も京都の観光地などを巡った。

 「今、振り返っても、なんであんな大それたことをしたのか……。若気の至りとしか言いようがないんですが」

 すでに若座長となっていた錦之助さんを突然失った一座は、無論、大騒ぎになった。が、2か月後、無事に帰ってきた2人を温かく迎え入れてくれた。

 「その時ですね。この世界で生きていこうと覚悟を決めたのは」

 普通の女子高生だった少女にとって、公演先の楽屋に布団を敷いて暮らす共同生活は勝手の違うことばかり。午後0時半の開演に間に合うように起床し、昼食は昼の部が終わった4時近く。夜の部が終了した後は、翌日の準備や新作の稽古などが深夜まで続き、寝床につけるのはたいてい午前2時を過ぎてから。

 「舞台も裏方の仕事も何もかもが未知の世界で、あまりの環境の変化のせいか、ずっと体にじんましんが出ていましたね」

 正式に籍を入れたのは、長女の七星さんが生まれる直前の2000年8月。式も披露宴もないままのスタートだったが、翌年には海老之助さん、3年後には 天花てんか さんと、家族が増える喜びは、日々の苦労を吹き飛ばしてくれた。

 「お芝居に稽古に家事に育児にと、まさにジェットコースターのような毎日。気づいたら朝だったなんてことも度々ありました」

 目まぐるしい暮らしの中、とりわけ驚かされたのは、月に1度の大仕事だった。

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使い方
2194801 0 母なればこそ子と歩む 2021/07/10 05:00:00 2021/07/10 05:00:00 2021/07/10 05:00:00 次の演目に使う衣装を選ぶほたるさん(右)と海老之助さん(大阪市北区で)=枡田直也撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/07/20210709-OYTAI50030-T.jpg?type=thumbnail

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