持病抱えヒマラヤ挑む

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植村直己冒険賞受賞の美容師 稲葉香さん 48

雪深い峰に囲まれたドルポで記念撮影する稲葉さん(2020年1月)=稲葉さん提供
雪深い峰に囲まれたドルポで記念撮影する稲葉さん(2020年1月)=稲葉さん提供

 千早赤阪村在住の美容師稲葉香さん(48)は、持病のリウマチを抱えながら、ヒマラヤに通い、険しい山岳地帯の踏破を続けています。4月には世界的な冒険家の植村直己さんにちなんだ「第25回植村直己冒険賞」を受賞。新たな“扉”を開いては冒険の旅に乗り出しており、「楽しみながら自分の道を歩み続ける」と心に決めているそうです。

 発症したのは18歳で、美容専門学校生の時でした。医者に「治らない」と言われ、何度も泣きました。なんとか卒業し、ミナミの美容室に就職しましたが、仕事中も激痛に襲われ、眠れない夜もありました。2店に計4年間勤め、「もう無理」と店を辞めました。

 仕事でまともに休めなかったので、友人と国内外に旅行に出かけました。ベトナムには手や足がない人が多くいました。下半身を失った少年が、スケートボードに乗って、目の前の交差点をさっそうと渡っていきました。ベトナム戦争の被害を目の当たりにして衝撃を受けました。「自分は病気だけど、幸せな境遇だ」と思い直しました。これが私の原点です。

 25歳の時、美容室を間借りして、美容師として1年間働いたら、1か月くらい旅へ出る暮らしを始めました。ベトナムやカンボジアを巡り、戦争で体が不自由になった人たちが、たくましく生きている姿を見て、勇気をもらいました。

 その後、山岳小説を通じてアウトドアに興味を持ち、植村直己さんの偉業を知ってファンになりました。その行程に近づこうと、アラスカで同じ場所に泊まったりしました。植村さんが日本人で初めてエベレストに登頂したのと同じ29歳の時、私もエベレストに行くことにしました。「登山は無理でもトレッキングなら」と思い立ちました。

 持病を知る友人たちから止められましたが、事前に近場の山を登るなどして体力をつけました。現地では、ゆっくり2週間かけて歩きました。驚いたのは、薬を飲まなかったのに氷点下でも手足が痛まずに動いたこと。厳しい自然の中、自分が開花していく感じがうれしく、意識が変わりました。

 次に“扉”を開いてくれたのが、仏典を求めて1900年に日本人で初めてチベットに行った僧、河口慧海えかい。自分と同じリウマチを抱えながらヒマラヤに挑んだことを知り、運命を感じました。同じルートを歩いてたどる旅に出ました。

 さらに2007年、34歳の時、慧海研究者と知り合い、登山隊に参加させてもらいました。以来、何度もネパールに行き、異なるルートを登って経験を積みました。

 受賞した冒険は、19年11月から翌年3月、ネパール北西部の山岳地帯「ドルポ」での越冬です。峠は標高が5000メートルを超え、富士山より低い所がない険しい場所。別の季節に行ったことはありましたが、厳しい冬に住民がどう暮らしているのか体感しようと考えました。

 バスと飛行機を乗り継ぎ、8日間歩いて現地の村へ。間借りをした家には暖房がなく、厳寒地用の寝袋で顔まで隠して寝ました。近年は暖冬だそうですが、氷点下20度まで下がりました。そんな中、身にしみたのが、住民の優しさ、思いやりでした。

 寒そうにしていたら毛織りの上着をかけてくれるなど、気遣ってもらいました。風呂や顔を洗う習慣がないのに、美しく、内面が表れているのだと気付かされました。美容師として「美」とは何か、改めて考えさせられました。持病を抑える注射を長く打たなくて済んだほど、一緒に暮らせて楽しい体験でした。

 これからも自分が好きなことを大切にし、追い求めていきたいです。ヒマラヤのチベット側には、慧海のたどったルートで未調査の場所があります。また次の計画を練ろうと思います。

(吉田誠一)

 ◆東大阪市出身。2006年に「山が近い」と、千早赤阪村に移住。11年には心斎橋にヘアサロンを開店した。ネパールへのトレッキングツアーを企画しているほか、冒険で撮影した写真の展示や、体験を語る講演会を各地で開催している。

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