道場、流派超え稽古

スクラップは会員限定です

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

空手教室「てっぺん塾」代表 松久功さん 39

 「いい距離感です」「焦るな、まだいける」――。東京五輪で初めて採用された空手競技のテレビ解説を務めた松久功さん(39)は、大阪市中央区で空手教室「てっぺん塾」を開き、後進の育成に取り組んでいます。日本勢の活躍で競技への注目が高まる中、現役時代「日本一」に何度も輝いた自身の経験を基に、子どもたちと汗を流しています。

 オリンピックで解説を担当したのは、突きや蹴りなどで相手とポイントを取り合う「組手」の男女3階級。出場全選手の映像を事前にチェックし、特徴や得意技を分析したほか、空手に初めて触れるという人にも競技内容が伝わるようルールを一から勉強し直して臨みました。

 3日間で140試合以上を解説。トイレに行く暇もないような忙しさでしたが、自国開催の五輪に携わるという貴重な経験になりました。

 日本勢は前評判よりは苦戦しましたが、荒賀龍太郎選手(30)が75キロ超級で見事銅メダルを獲得。各階級のメダリストの出身国を見渡すと、ヨーロッパ、中東、東アジアなど様々で、空手が世界的なスポーツとなっていることを改めて実感しました。

■   □

 空手に出会ったのは小学3年生の時。転校先の学校でなじめず、けんかばかりする私を心配した両親の勧めで道場に入りました。最初は基本動作ばかりで退屈でしたが、高学年になると組手の試合をやらせてもらえるようになり、自分で技を考えて繰り出す楽しさを覚え、どんどんのめり込んでいきました。

 中学・高校生時代には全国大会にも出場できるようになり、強豪・近畿大学に進学。厳しい練習のおかげで、在学中に「学生日本一」を手にすることができました。

 大学卒業後も空手を続け、2007、08年と全日本選手権を連覇。08年の準決勝では、高校生だった荒賀選手と対戦しました。素早い突きを立て続けに決められ、終盤までリードを許しましたが、得意の蹴り技で巻き返し、何とか勝利。キャリアの中でも印象に残る試合の一つです。「(荒賀選手は)将来、日本を背負う選手になる」と確信したのを覚えています。

 その後、膝のけがもあり、12年の全日本選手権優勝を最後に引退。有終の美を飾れた達成感と同時に「これで競技人生が終わるのか」というさみしさが混じった複雑な感覚でした。

□   ■

 「空手界で新しいことをしたい」との思いから、15年に発足させたのが「てっぺん塾」です。

 空手の世界では、自分が通う道場や流派を超えて学ぶことが難しく、色々な教えを受ける機会が多くありません。残念なことですが、指導者の中には「俺が教えているのに、なぜほかに学びにいくのか」と考える人もいるのです。そうした慣習を変えたい、との思いがありました。

 現在、会員は近畿地方の小中高生を中心に約100人。週2回、希望者を募って組手の練習を行っています。子どもたちは普段、それぞれの部活や道場で稽古をしているので、「空手の学習塾」のような位置付けです。始めてから6年。各世代の全国大会で優秀な成績を残す子どもも出てきて、手応えを感じています。

 今の目標は、世界の舞台で活躍できる子どもを一人でも多く育てることです。しかし、ただ強くするのではなく、「空手が好き」という心を育むことが重要だと考えています。「子どもの心に火をつける」をモットーに、自分の空手人生の経験を生かして指導していきたいです。

(聞き手・行田航)

 ◆岐阜市出身。現役時代は「蹴り技のファンタジスタ」と称され、国内外の大会で活躍した。2008年全日本選手権での荒賀選手との一戦は「大会史に残る名勝負」として語り継がれている。てっぺん塾では生徒を随時募集している。問い合わせは、てっぺん塾(070・5044・4439)へ。

スクラップは会員限定です

使い方
「地域」の最新記事一覧
2394498 0 大阪ひと語り 2021/09/26 05:00:00 2021/09/26 05:00:00 2021/09/26 05:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/09/20210925-OYTAI50009-T.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込みキャンペーン

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)