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グリーンツダボクシングジム会長 本石 昌也さん 44

王者輩出 亡き盟友と挑む

練習する選手のパンチを受ける本石さん。「僕が前を向いている限り、選手たちは夢を見られる」(左、大阪市東成区で)=近藤誠撮影 ※撮影のためにマスクを外しています
練習する選手のパンチを受ける本石さん。「僕が前を向いている限り、選手たちは夢を見られる」(左、大阪市東成区で)=近藤誠撮影 ※撮影のためにマスクを外しています
セコンドに付く本石さん(右、昨年12月27日、大阪市で)
セコンドに付く本石さん(右、昨年12月27日、大阪市で)

 昨年12月27日、大阪市のエディオンアリーナ大阪で行われたボクシングの試合。セコンドについた本石昌也(44)は、声援を禁じられた観客が放つ熱気を、背中で感じていた。

 主催は、元世界王者の井岡弘樹らを輩出した「グリーンツダボクシングジム」(大阪市東成区)。4代目会長の本石は「コロナ禍でも選手に舞台を作るのが役目。一度やると決めたら、僕はぶれない」と言い切る。

 昔はすぐあきらめ、逃げ出した。変わったのは、ある男と出会ったからだ。

 小学生の頃からボクシングに夢中。リング上のヒーローを見ると自分も主役になれる気がした。けれど、本気で人と殴り合う根性はないし、勉強は落ちこぼれ。高等専修学校を卒業後、職を転々とし、自信を失った。

 28歳の時、元東洋太平洋フライ級王者・小松則幸の試合を観戦した。世界王者に打ちまくられ、顔中血だらけになっても一歩も引かない姿に圧倒された。5ラウンドTKO負け。だが、決してぶれない心にほれ込んだ。

 その半月後、寝屋川市の駅前で偶然見かけ、思わず「大ファンなんです」と声をかけた。焼き肉に誘うと3歳下の小松は次第に打ち解けた。「君のことを応援したい」と頼み、練習に付き合うようになった。

 自宅へと送り迎えする車内で夢を語ってくれた。「リングでは、自分をごまかせない。僕はここで1番になりたいんです」。人生で挫折を味わった本石には、小松の覚悟がまぶしかった。

 2年後、小松が所属するグリーンツダはファイトマネー未払い問題が発覚し、多くのスタッフが離れた。小松から「トレーナーに」と頼まれた時はさすがに驚いたが「本石さんと僕やったら、絶対できます」と譲らなかった。

 「小松に変なヤツがついた」。周囲の雑音をよそに二人三脚で戦績を重ね、2009年、亀田大毅との試合が組まれた。勝てば世界タイトル戦、負ければ引退。全てを懸けた一戦だった。

 亀田戦を1か月後に控えた09年4月、夢は唐突に絶たれた。合宿先で小松が滝つぼに転落し、事故死したのだ。冷たくなった手を握り「なんでやねん。試合どうすんねん」と崩れ落ちた。

 ボクシング界から離れると決めたのに、告別式のあいさつで遺影の前に立つと、魂に促されるように小松に語りかけた。「僕が小松を背負い、ボクシングの世界で生きていく。一緒に世界チャンピオンを作ろう」

 その後、本石はジムの再建に奔走し、14年に会長に就任した。

 昨年、グリーンツダは4月の興行が中止に、ジムも一時活動自粛に追い込まれた。前年は1600万円あった同月の収入は5万円。本石は「夢をあきらめるな」と貯蓄を崩し、選手20人に5万円ずつ配った。

 7月、府内の別のジムで集団の感染が発生したが、病院や行政と何度もやりとりし、翌月には関西で初めて観客を入れての興行を再開させた。

 11月に組んだ世界戦は、前日に対戦相手の王者の感染が判明。感染拡大の影響で、12月27日の興行は2週間前に会場の使用禁止が決まり、代わりを探した。PCR検査を終えた選手をホテルに隔離し、観客は定員の半分に絞った。

 「コロナで世の中が止まっても、僕は止まらない。こういう時だからこそ、人を感動させたい」と本石は言う。日本ウエルター級元王者の矢田良太(31)も「会長は、赤字の無観客でもやると言ってくれた。僕らに懸ける思いが伝わった」と信頼を寄せる。

 「勝つねん ツダで みんなで」。ジムの壁には、亀田戦に向けて作った小松の直筆メッセージ入りTシャツがかかる。「一緒に世界王者を作る。そして、ここを日本一のジムにする」。「ぶれない心」を胸に、二人三脚は今年も続く。(久場俊子、敬称略)

興行 例年の半分

 プロボクシング興行は昨年3月から中止。7月に段階的に再開されたが、興行数は例年の半分程度だ。プロボクサーの主な収入は、野球やサッカーのような年俸ではなく、試合ごとのファイトマネーのため、影響は大きい。

 競技団体が興行や練習時の感染予防指針を作成したが、4月以降、愛知、大阪、東京、兵庫のジムで複数人が感染した。日本ボクシングコミッションは「コロナ対策は難しいことばかりだが、ガイドラインを徹底するほかない」としている。

 

作家 玄月さん 55

人生考えるチャンスに

 作家活動の傍ら、大阪・南船場で文学バーを経営しています。好き勝手に文学談議をする場で、ここが縁で結婚したカップルが16組いるんです。にぎやかだったんですが、コロナで客が来なくなりました。

 ミナミの街はインバウンド(訪日客)一色だったんですが、次々と飲食店が閉店しました。緊急事態宣言後、開いていたのは、ドラッグストアだけ。残骸的な風景だと肌で感じました。

 盛り上がるインバウンド、万博の開催、IRの誘致……。激変する大阪をコロナが襲い、外国人観光客が消えた。振れていた針が、真逆に振り切れたわけです。

 でも、針が止まり、別の方向に振れた今だからこそ、見えてくる景色があります。

 例えば、商店街。大阪市内の商店街によく足を運びます。感染が少し落ち着いた昨秋に訪れてみると、外国人はいませんが、日本人で結構にぎわっていました。

 「これなんぼ?」「300万円!」。いつもながらの会話を楽しめる雰囲気や、気持ちが通じ合える空間が残っている。歩きながらそんな街や人のつながりを大切にしたいと感じました。

 元々、大阪は市民の力が強い街。江戸時代の道頓堀の開削や昭和の大阪城の再建も、民間が主導しました。コロナを機に地元の良さに気付き、「自分たちで頑張ろう」という気風が復活する可能性は十分にあります。

 一方、私たちの生活は閉塞へいそく感が続き、我慢の限界に来ている人も多いと思います。だから一刻も早く収束してほしい。

 ただ、同時にコロナ禍を負の経験だけにしたくない。「何を大切に生きていきたいのか」「育った街がどうなっていくのか」。変化が起きる今、生活や地元、人生を立ち止まって考えるチャンスにもできるはずです。

 コロナ禍の中で新年を迎えました。不安もあると思います。でも、私は悲観的じゃないですよ。大阪の人、人間の持つ力を信じていますから。(聞き手・松久高広)

 ◆大阪市生まれ。多くの作家を輩出した大阪文学学校で学び、2000年に「蔭の棲みか」で芥川賞を受賞。11年から「文学バー・リズール」を営む。

無断転載・複製を禁じます
1742826 0 コロナの先に 2021 大阪 2021/01/01 05:00:00 2021/01/01 05:00:00 2021/01/01 05:00:00 選手に指導する「グリーンツダジム」会長の本石昌也さん(左)(12月3日、大阪市東成区で)=近藤誠撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/01/20210102-OYTAI50019-T.jpg?type=thumbnail

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