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金剛登山導く「町石」復元・・・千早赤阪の住民ら

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町石を設置した金剛山千早赤阪倶楽部のメンバーら(金剛山で)
町石を設置した金剛山千早赤阪倶楽部のメンバーら(金剛山で)
登山道脇に設置される町石(千早赤阪村で)=いずれも同倶楽部提供
登山道脇に設置される町石(千早赤阪村で)=いずれも同倶楽部提供

二河原辺・水分道に15本 「先人の道守り残す」

 大阪と奈良の府県境にある金剛山(1125メートル)の登山道で、千早赤阪村の住民らが道標となる「町石ちょういし」を復元し、「令和の町石道」(約7キロ)と名付けて整備した。等間隔に計15本の町石が設置され、登山者を山頂などへ導く。住民らは「先人たちが苦労して切り開いた道を守り、伝え残したい」としている。(吉田誠一)

 金剛山の登山道は複数あり、同村の登山口バス停から1時間余りで登れる「千早本道」(約3.5キロ、標高差500メートル)を中心に人気があり、都市部からも多くの人が訪れる。

 このうち「二河原辺にがらべ・水分道」(7.9キロ)と「桐山・二河原辺道」(8.5キロ)の2ルートは、山頂まで約1000メートルの高低差があり、高い山を目指す人が訓練として登るのに適しているとされる。

 町石の復元を手がけたのは、地元住民や登山愛好家らでつくる「金剛山千早赤阪倶楽部くらぶ」(140人)。

 2011年11月に発足した同倶楽部はこれまでにも、1990年代には地図から消えていたこの2ルートなどについて、倒木を取り除き、案内標識を立てるなどして整備。ルートは雑誌で紹介され、旅行会社がツアーを企画するほど有名になるなど、山の魅力を伝える活動を展開してきた。

 今回整備したのは「二河原辺・水分道」を中心とした、麓の「にがらべ花菖蒲しょうぶ園」から、頂上付近の葛木神社までの計約7キロ。

 「二河原辺・水分道」はかつて参詣道で、江戸時代には、儒学者・貝原益軒も文献に書き残したほど主要な道だった。江戸初期、この道の脇に町石が1町(109メートル)ごとに設置されていたとされる。

 同倶楽部はこうした歴史に着目。近年、町石の大半が壊れていたため、メンバーらは2018月9月、「町石を復元し、この登山道を国内外に紹介しよう」と復元、整備することを決めた。

 整備するルートの5町(545メートル)おきに、高さ約1メートル(重さ65キロと40キロ)の御影石で作った町石計15本を用意。町石には「頂上まで 二じゅう町」などと彫った。

 19年4月から、中腹まで軽トラックで町石を運んだ後、台車に載せて斜面をロープで引っ張り上げたり、担いだりして設置を進めた。昨年11月、メンバーらは手分けして各町石の周辺で草刈りをして完成させた。

 同倶楽部会長の西野敏彦さん(76)は「登山道の整備は終わりのない活動。100本ほどある木製の案内標識をアルミ製にするなど、次代につなぐ取り組みを続け、金剛山をPRしたい。若者にもぜひ参加してほしい」と呼びかけている。

 同倶楽部の活動についての問い合わせは、西野さん(090・6326・0497)。

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1776810 0 ニュース 2021/01/18 05:00:00 2021/01/17 22:09:34 2021/01/17 22:09:34 町石(中央)を建てた金剛山千早赤阪倶楽部のメンバー(金剛山頂で)=倶楽部提供(千早赤阪村で)=吉田誠一撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/01/20210117-OYTNI50031-T.jpg?type=thumbnail

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