完了しました
近江八幡の旧酒蔵「まちや倶楽部」を管理・運営 宮村 利典さん 45


近江八幡市の旧市街地に、宿泊施設やシェアオフィス、おしゃれな小物の店などが入る複合施設がある。かつて造り酒屋だった建物を活用した「まちや倶楽部」だ。
約10年前、風情あるこの建物の再生を、今は亡き父と共に始めた。「人を呼び込み、街を見守る担い手を増やしたい」。すべては、その一念からだった。昨年11月には、施設の主要な建物群が国の登録有形文化財になるとの朗報が届き、ここを拠点にしたまちおこしへの情熱を一層たぎらせている。
■ □
「近江八幡最後の酒蔵。何とか生かしたい」。地元で機械リース業や不動産業を営む父・勲さんが、そう漏らしたのが始まりだった。
市郊外の長福寺町で生まれ育ったが、旧市街地には親類がいて、左義長まつりや八幡まつりの度に訪れた愛着のあるエリアだ。一方で空き家が増え、伝統的な町家が売却されては取り壊される光景を見てきた。
「失われた景観は、元に戻せないよ」と、購入を迷う父の背中を押した。2012年、父を代表に、建物の再生プロジェクトはスタート。「まちや倶楽部」とは、このプロジェクトの名称でもある。
当時、自身は県職員で、福祉の担い手を支援する仕事をしていた。社会福祉協議会、民生委員、各種のボランティア……。高齢者の見守り一つとっても、地域の様々な人の支えで成り立っている。「人口減少が進めば、そうした担い手も少なくなる」。そんな危機感から、地域に人を呼び込む実践の場として、父を手伝うことにした。
活動は、あちこち傷んだ酒蔵の大掃除から始まった。すると地元住民や商店主、NPO関係者、まちづくりを研究する学生ら約60人が手伝いに駆けつけてくれた。地域を支える担い手として、父が培ってきた人脈の広さに驚かされた。
まずは人が集う場にと、子ども向けの縁日やアート展などを重ねつつ、修繕を進めた。人気映画シリーズ「るろうに剣心」のロケに使われるなど、古い酒蔵の魅力は徐々に知られるように。プロジェクト開始から3年後の15年には県庁を退職し、施設を運営する会社を設立して再生に専念した。
主屋は、町家の雰囲気を残した宿に改修。住居だった2階はシェアオフィスに仕立てた。観光客だけでなく、若い起業家を呼び込むためだ。そして16年7月、同時にオープンさせた。
「近江八幡の歴史、文化の象徴として、この酒蔵を伝えていきたい」。お披露目の日、父があいさつで話した言葉が忘れられない。間もなく、父は体調を崩し、7か月後に71歳で亡くなった。
■ □
その後、プロジェクトに共感するカフェやネイルサロン、帆布・皮革小物、ナッツの店が相次いで入居。昨年6月には、蔵人の宿泊所だった場所も、ヨシや竹工芸、麻織物など地域の伝統製品を紹介するセレクトショップに生まれ変わった。
「父がまちづくりの種をまき、ここまで芽吹かせることができた。元々、八幡堀を軸にした観光地だが、ひとときの滞在から長期滞在へ、さらには移住へとつながっていけば」。10年、20年先を見据え、父との共同作業を続けていくつもりだ。(中村総一郎)
◇
まちや倶楽部を管理・運営する「ワラビー」代表取締役社長。同倶楽部の建物は元々、2008年頃まで酒造りをしていた西勝酒造だった。約1500平方メートルの敷地に江戸時代中期~昭和にかけて建てられた木造建築11棟が並び、国の文化審議会は21年11月、うち9棟を登録有形文化財とするよう答申した。ワラビーでは近隣の町家や空きビルを活用した宿やホステルにも事業を拡大している。