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往来活発 町様変わり

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琵琶湖大橋

 1964年の琵琶湖大橋開通で、橋のたもとの町は大きく様変わりした。

 堅田町(現大津市)は戦前、レーヨン工場を中心に栄えたが、戦後しばらくは工場の閉鎖もあり、架橋による経済活性化に期待が高まっていた。

 県発行の「琵琶湖大橋建設記念誌」には、県が60年に行った調査で、大橋開通を前提に、堅田やその周辺に5件の工場が誘致され、4650戸の住宅が建てられる予定だった――とある。実際、開通後には飲食店や商業施設が立ち並んだ。

 堅田で生まれ育った元大津市議会議長の細川源太郎さん(90)は「橋や幹線道路沿いの夜景は京都に負けなかった」と懐かしむ。67年に総合レジャー施設「びわ湖タワー」がオープン。92年には観覧車「イーゴス108」も登場した。

 びわ湖タワーは2001年に閉園となり、大型店進出で商店街が衰退するなど、場所によっては浮き沈みもあった。それでも細川さんは「橋を通じて人が流れ込んだ。すべてが期待通りではないが、一帯は発展した」と話す。

 守山町(現守山市)も、田舟が行き交うのどかな農村が都市に変わっていった。

 守山市誌などによると、守山、中主、野洲の旧3町が1964年、野洲郡開発事業団を設立し、橋近くを観光用地として造成。ビルや料亭ができ、98年にはテーマパーク「びわ湖わんわん王国」も開園(2005年閉園)。県も湖岸を埋め立て、その上には今、ゴルフ場や美術館がある。

 テーマパーク跡地に2008年に開業した商業施設「ピエリ守山」には、橋を渡って京都からも客が訪れる。守山市自治連合会の元会長、北村孝さん(86)は言う。「橋の開通で、ここまで往来が盛んになるとは想像もつかなかった」

 今の住民の悩みは、慢性的な渋滞だ。県道路整備課は「橋は県経済発展に大きく寄与した。今は渋滞緩和や耐震化に重点を置いている」としている。

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1932159 0 New門@滋賀 2021/03/24 05:00:00 2021/03/24 05:00:00 2021/03/24 05:00:00

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