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野洲の住民ら 宗盛の最期しのぶ場に

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「首洗い池」想起 池完成

 平清盛の三男で、清盛の没後は平家の総大将になった 宗盛むねもり (1147~85年)の「胴塚」がある野洲市大篠原の住民らが、約20年前に大部分が消失した「首洗い池」をイメージした石組みの小さな池を現地に作った。命日(6月21日)前後に法要などを続けてきた住民らは「壇ノ浦(山口県下関市)と並ぶ平家 終焉しゅうえん の地。宗盛公らを静かに悼める環境を徐々に整えたい」と話す。(渡辺征庸)

20日披露 生中継や講演会

 平家物語や吾妻鏡によると、宗盛とその長男・清宗は壇ノ浦の戦い(85年)で源氏軍にとらわれ、鎌倉から京都へ護送される途中、宗盛は現在の野洲市、清宗は草津市で斬首された。首は京都へ運ばれたが、胴体はそろって野洲に葬られたという。

「首洗い池」をイメージして保存会などが造った池(野洲市で)
「首洗い池」をイメージして保存会などが造った池(野洲市で)

 古い絵図によると、宗盛の首を洗ったという池が胴塚の西側にあったが、工場建設などによる開発で大半が埋め立てられた。

 地元の住民らが2017年に胴塚保存会を結成。自治会などと協力し、草刈りなどで胴塚付近を整備し、命日に近い週末に「しのぶ集い」を営んできた。

 今年、隣接する建物が撤去されて見晴らしが良くなったことを受け「宗盛公が最期に見た風景を少しでも再現したい」と池を造ることにした。住民や企業の寄付も受け、胴塚前方の空閑地(約5平方メートル)に石を組み、枯山水風の池を5月末に完成させた。

 20日午後1時30分から営む「しのぶ集い」でお披露目する。新型コロナウイルス感染防止のため、参列は関係者に限定。代わりに集いの様子をインターネットで生中継し、胴塚の約1キロ南の野洲クリーンセンター研修室で視聴できるようにしたほか、 銅鐸どうたく 博物館の学芸員による講演会も開く。終了後、無料バスで現地へ赴ける。定員約70人。

宗盛らの胴塚(野洲市で)
宗盛らの胴塚(野洲市で)

 平家物語などには、宗盛は妻が死去した際は官職を返上して嘆き、処刑時には清宗の身を心配したという。胴塚で涙ぐむ歴史ファンもいるといい、保存会長の山田修二さん(71)と大篠原自治会長の岩佐 卓實たくみ さん(69)は「家族思いの優しい性格なのに、清盛の息子だったために首を斬られた悲運の人。せめて地元は宗盛公をたたえ、胴塚や周辺の手入れを続けたい」と話す。

 「集い」の問い合わせは、平日午前中に大篠原自治会館(077・588・3302)へ。ネット中継は、動画投稿サイト「ユーチューブ」のチャンネル「宗盛忌」(https://www.youtube.com/channel/UCs9g8L6s-xVOaIdLJhCfoxQ)で視聴できる。

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2134563 0 ニュース 2021/06/18 09:17:00 2021/06/18 09:17:00 2021/06/18 09:17:00 かつての「首洗いの池」を少しでも想像できるようにと、保存会などが胴塚近くに作った池(野洲市で) https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/06/20210618-OYTNI50000-T.jpg?type=thumbnail

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