大鍋に 名脇役の鯛と

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青野山麓で収穫したサトイモを手にする永田さん(津和野町で)
青野山麓で収穫したサトイモを手にする永田さん(津和野町で)
具材はサトイモとほぐした鯛の身だけの芋煮
具材はサトイモとほぐした鯛の身だけの芋煮

 ◇淡泊 ゆがいて塩でも

 山が色づく秋、津和野の町でうたげに欠かせないのが「芋煮」だ。今も「今度、芋煮をしようか」というあいさつが交わされるという。あぶったたいから取っただしもさることながら、サトイモが主役を張っている。

 サトイモの産地として名高いのが津和野町笹山。収穫シーズンを迎えて間もない今月上旬、青野山の南側山麓に広がる永田寿秋さん(52)の畑を訪ねた。

 永田さんが畑にスコップを入れて茎を持ち上げる。土をふるい落とすと、根と根の間からサトイモが顔を出した。「今年は小ぶりだが、おいしい芋に育っている」と満足げだ。

 山麓の畑の土壌は火山灰を含む。ここで収穫されるサトイモはきめ細かく、淡泊な味わいで定評がある。永田さんが作るサトイモも、地元の旅館をはじめ、京都や大阪の高級料亭からも注文を受ける。「笹山のサトイモは青野山の恵み。先人が築いてきたブランドを大切にしたい」という。

 地元では芋煮のほかにもおでんやカレーライスに入れたり、素揚げにしたりとバリエーションは豊富だが、永田さんは、「ゆがいて、塩やマヨネーズをつけるだけでおいしい」と笑う。

 津和野を代表する郷土料理「芋煮」は2013年には、旅行雑誌「旅の手帖てちょう」で、山形県中山町、愛媛県大洲市とともに日本三大芋煮と紹介された。

 津和野町の松林山天満宮の奉納額(1849年)には、毛せんを敷き、三味線に合わせて踊ったり、紅葉を楽しんだりして宴会を楽しむ人々とともに、鉄鍋で芋煮を作る様子が描かれている。江戸末期にはすでに芋煮の風習があったことがわかる。

 津和野町後田で明治から続く旅館「のれん宿 明月」の亭主池田和哉さん(63)は昭和30年代までは、リヤカーに鍋やサトイモなどを載せ、芋煮会の会場へと運んでいたといい、「津和野の秋の風物詩だった」と振り返る。今でも一部地域では芋煮会の風習が残っているという。

 その楽しみを観光客にも味わってもらおうと地元の飲食店や旅館などの料理人でつくる「庖友ほうゆう会」(徳政克人会長)などは秋に「芋煮と地酒の会」を開いている。

 今年も21日にあり、会員らは伝統的な町並みが残る通りに大鍋を設置。あぶった鯛とサトイモをゆでてしょうゆで味を調え、観光客に振る舞った。

 千切りしたユズが入った一わんをいただいた。鯛で取っただしがぜいたくな味わいで、ユズの香りも爽やかだ。ほっこりとしたサトイモの食感、ほぐした鯛の身もうれしい。池田さんは「鯛がサトイモを引き立てている。夜はすましで、翌朝はどろっとした汁をご飯にかけてもおいしい」と教えてくれた。

 しかし、山あいの町でなぜ、芋煮に鯛が使われたのか。津和野ではかつて魚市が立ち、「七浦めぐって魚がなけりゃ、銭金もって津和野にござれ」と歌われた。ここを治めた津和野藩の領地には漁港もあった。

 郷土史家の山岡浩二さん(62)は「なぜ鯛なのかは分からないが、地理的には漁港が近い。ちょっとした庶民のぜいたくだったのかもしれない」と想像する。品のよい味わいの向こうに、往時の人々の楽しみを感じた。(立山光一郎)

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46203 0 食彩記 2018/10/28 05:00:00 2018/10/28 05:00:00 青野山麓で収穫されたサトイモ(津和野町で) https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20181027-OYTAI50003-T.jpg?type=thumbnail

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