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不昧公が広めた居合を伝える重吉さん(松江市で)
不昧公が広めた居合を伝える重吉さん(松江市で)

 ◇不昧公のDNA<2>

 ◇茶道に通じる「不伝流」 後世に

 松江市内の体育館。重吉伸一さん(60)(松江市)が低く腰を割った姿勢でさやから剣を抜くと、相手が斬り下ろす剣を払うように打ち込んだ。松平松江藩7代藩主の松平治郷はるさと不昧ふまい公)も学んだ居合術「不伝流」だ。

 重吉さんは「松江藩不伝流居相いあい術不伝会」の代表として、4年前から松江市で伝えている。会員は会社員や警察官ら男女12人。米国人もいる。「みんな茶人として知られる不昧公が中興の祖として広めた武術にひかれてやってるんです」と重吉さんは話す。

 重吉さんは北九州市出身。高校生の時に空手を始め、日体大卒業後、島根県にいた先輩から「国体を目指さないか」と誘われ、同県で体育教員になった。

 剣術の一つである居合を始めたのは42歳の時。空手の発祥地とされる沖縄では、江戸末期、薩摩藩の剣術から身を守るために空手が発展した説があるのを知り「剣術を知らないと空手の技の意味がわからない」と考えたからだった。1年後、松江藩に伝わる居合があると知ったが、松江では明治時代に廃れていた。

 インターネットで調べて行き着いたのが、札幌市で松江藩士の子孫の戸田基治さん(61)が2011年に復活させた不伝流だった。別の居合道師範の戸田さんは家譜で、先祖が松平松江藩初代藩主の直政らに仕えた不伝流の指南役だったと知り、古文書の一部を頼りによみがえらせていた。

 重吉さんは、戸田さんと手紙や稽古を収めたDVDをやりとりして指南を受け、許可を得て松江で活動を始めた。

 松平家が編集した「松平不昧でん」などによると、不昧公が生きた江戸中期は太平の世だったが、不昧公は13歳から剣術などの武術に励み40歳代で不伝流の奥義を極めた。不昧公が茶をたてるさまを見た武術の達人が「寸分の隙がない」と述べたとも伝わる。

 「武道は力を使うイメージだったけど、しなやかで美しい。我を主張しない動きは茶道にも共通する」。松江で不昧流の茶道を習ううち剣術に興味を持って始めた鳥取県大山町の会社員土山直子さん(24)は言う。

 空手を45年続ける重吉さんは「居合は奥が深い。体さばきが複雑で難しいが、それが学ぶ魅力でもある。武術を極めた不昧公に近づきたい」と語る。

 重吉さんらは9月、松江城で演武を披露する。かつて不昧公が城で藩士に不伝流を伝えた光景を想像しながら、稽古に励んでいる。

 ◇奥義記した「坤の巻」

 島根大の研究者が著した「雲藩武道史」や「松平不昧傳」によると、松江藩は不伝流居合をはじめ「新当流剣術」「一指流管槍」「樫原流鍵槍」「直信流柔道」を「五流」と称して推奨した。武術に秀でた不昧公は、松江城三の丸の広間で五流の稽古を参観。藩の士風は再興し、藩の武術は不昧公の時代に最盛を迎えたとされる。

 また不昧公は、不伝流の奥義を記した書物「こんの巻」を残した。その内容は当時の不伝流師範・稲生田武右衛門が修行で極めて記した「乾の巻」と合致しており、敬服した武右衛門が2巻を藩士の子弟に伝授することにしたという。

無断転載禁止
18365 0 Shimaneの今 2018/04/27 05:00:00 2018/04/27 05:00:00 武術の達人だった不昧が広めた居合を今に伝える重吉さん https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20180426-OYTAI50005-T.jpg?type=thumbnail

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