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「朝酌渡」推定地に遺構

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大橋川の北岸で見つかった石敷き護岸の遺構(松江市で)
大橋川の北岸で見つかった石敷き護岸の遺構(松江市で)

遺構から見つかった出土品
遺構から見つかった出土品

 出雲国風土記に記述

 石敷き護岸 古代の渡し場か

 県埋蔵文化財調査センターは23日、松江市朝酌町の大橋川北岸で、飛鳥~奈良時代の石敷き護岸の遺構を発見したと発表した。「出雲国風土記」に登場する古代の渡し場「朝酌渡あさくみのわたり」の推定地で、遺構として実在の可能性が初めて示された。同センターは「古代の交通史を知る上で重要な発見だ」としている。(林興希)

 国土交通省による大橋川の河川改修事業に伴う調査。今年6~12月に北岸を縦11メートル、横20メートルにわたって掘り進めたところ、深さ1~1・5メートルの地中で、スロープ状に石が敷き詰められた護岸の遺構が確認された。

 出雲国風土記では、出雲国府(松江市大草町)から古代山陰道の支線「枉北道おうほくどう」が北に向かって延びていたとされる。海を隔て隠岐国とつながっていた官道で、役人や税を納める人が往来したとみられ、2016年には近くの「魚見塚遺跡」で古代の道路跡も見つかっている。

 さらに風土記は、大橋川に官製の渡し場が存在したとも記述。枉北道の推定ルートなどから、遺構が発見される可能性があるとみて、調査を進めていた。

 遺構からは、石と一緒に、割れた須恵器なども見つかり、護岸に使われたとみられる。須恵器の年代などから、護岸は7世紀後半~8世紀後半に造られたと推定。川に向かって緩やかに傾斜している部分もあり、船揚げや荷揚げで使われていたと考えられるという。

 調査では、遺構とともに瓦や土馬、水晶のほか、漁具などの木製品も出土した。遺構が水辺に近いことから湿気などで形を残したまま出土したとみられる。

 遺構の発見場所付近は、渡船「矢田の渡し」(現在、休止中)の発着場所として知られている。同センターは「歴史的なつながりは明らかではない」としながらも、「今も昔も船で川を渡りやすい地理的な特徴があるのではないか」とした。

 古代に造られた官製の渡し場の発見は、全国で初めてという。担当した同センター調査第2課の岩崎孝平さん(27)は「古代の渡し場の実態は全く分かっていなかった。当時の建築技術などを知る上での意義も大きい」と話している。

 現地説明会は26日午前11時、午後1時半の2回、開かれる。定員は各20人で申し込み先着順。問い合わせは、同センター(0852・36・8608)へ。

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1724337 0 ニュース 2020/12/24 05:00:00 2020/12/24 05:00:00 2020/12/24 05:00:00 大橋川の北岸で見つかった遺構(23日午後2時23分、松江市朝酌町で)=林興希撮影 https://www.yomiuri.co.jp/media/2020/12/20201223-OYTNI50004-T.jpg?type=thumbnail

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