武家屋敷の石垣や道発見 駿府城跡に戦国遺構

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20日説明会

駿府城跡で発見された遺構。道の両側に石垣があった(11日午前、静岡市葵区で)
駿府城跡で発見された遺構。道の両側に石垣があった(11日午前、静岡市葵区で)

 徳川家康の居城だった駿府城跡(静岡市葵区)から、戦国時代末期に整備されたとみられる武家屋敷の石垣や道が見つかったと、静岡市が12日、発表した。この時代の街並みがうかがえる遺構は珍しく、市は遺構を広く市民に知ってもらおうと、市民向けの説明会を開く。この場所に整備する歴史文化施設の開業時期も見直す考えだ。

 遺構は同施設建設の事前調査で見つかった。石垣や道は幅約2・7メートル、長さ約30メートル。道の両脇に武家屋敷を囲む石垣があった。石垣は高さ約30センチで、加工していない自然石をそのまま積み上げる「野面積み」と呼ばれる技法が使われている。この技法は昨年、駿府城跡で見つかった豊臣期の天守台の石垣でも使われていることから、石垣は戦国時代末期のものとされる。

 遺構が発見された場所は、旧青葉小跡地で、城の「三ノ丸」に位置し、地表から約60センチ~1メートルの深さだった。家康が大御所となって入城した後に三ノ丸を築いたとの記録が残っており、遺構部分を土で埋めたと考えられている。

 市によると、この時代の大規模な武家屋敷遺構の発見は、特別史跡の一乗谷朝倉氏遺跡(福井県)に次いで全国2例目とみられる。

 駿府城を巡っては、1590年、秀吉が天下統一をかけた小田原攻めに勝利し、駿府城を築いたばかりの家康に北条氏の旧領を与えて江戸に転封した。代わって、秀吉の家臣・中村一氏かずうじが入城したとの記録が残っている。

 日本城郭協会理事長の小和田哲男氏(静岡大名誉教授)は、「今回の発見が、家康以前の駿府城下やそれ以前の時代のものの解明につながるものと思われる」とコメントした。

 静岡市の田辺信宏市長は12日の定例記者会見で「先人たちの贈り物として、この場所で大切に保存し活用したい」とし、この場所に整備する歴史文化施設に遺構を取りこみたい考えを示した。2021年秋のオープン予定も見直す方針だ。

 市は、旧青葉小跡地で市民向けの説明会を20日に開催する。発掘調査に携わった市の職員が遺構の歴史的価値や整備された時代の背景などを説明する。予約不要。問い合わせは市文化財課(054・221・1069)。

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689237 0 ニュース 2019/07/13 05:00:00 2019/07/13 05:00:00 2019/07/13 05:00:00 駿府城近くで発見された遺構(11日午前11時39分、静岡市葵区の旧青葉小跡地で) https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/07/20190712-OYTNI50045-T.jpg?type=thumbnail

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