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    ニッカウヰスキー 前栃木工場長 久光哲司取締役(56)


    ◇マッサンの酒 地道に造る◇

     さくら市に工場を持つニッカウヰスキー(東京都港区)。昨年9月から創業者の竹鶴政孝をモデルにしたNHKの連続テレビ小説「マッサン」が放映され、注目を集めている。同社の品質管理を担うチーフブレンダーを務め、2012年から栃木工場長を務めた久光哲司取締役(56)に、工場やウイスキーの魅力を聞いた。(聞き手・市川大輔)

    貯蔵する基地 ――3月17日まで工場長を務めた栃木工場の役割は。

     「余市蒸溜じょうりゅう所(北海道)と宮城峡蒸溜所(仙台市)で造ったウイスキーを貯蔵する基地です。異なるウイスキーをブレンドし、半年~1年ほど寝かせてなじませる再貯蔵(マリッジ)基地でもあります。ここでしか行っていない重要な工程です」

     「弊社の工場はいずれも自然が豊かな所にあります。栃木工場もそうで、東京ドーム6個分の敷地の7割が森林です。生物多様性にも富み、里山の生態系の頂点に立つフクロウが営巣しています。創業者の竹鶴政孝さんが亡くなる2年前の1977年に完成しました。政孝さんが完成前に訪ねた時、やぶの中に流れる水を見て『良いですね。安心しました』と話していたそうです」

    • さくら市のニッカウヰスキー栃木工場で、1棟で3万樽を貯蔵できる高さ約30メートルの貯蔵庫を説明する久光さん
      さくら市のニッカウヰスキー栃木工場で、1棟で3万樽を貯蔵できる高さ約30メートルの貯蔵庫を説明する久光さん

     ――テレビ放送が人気を集めている。

     「創業者の政孝さんはチャレンジ精神を持って突き進み、ウイスキー造りを日本に伝えた人。妻のリタさんと夫唱婦随で夢に向かった姿に、私も入社当時から感銘を受けていました。2人の生涯が全国の人に知ってもらえる機会ができたことはうれしく思っています」

     ――販売にもつながっているのか。

     「放送が始まった2014年9月以降に大幅に伸びています。創業80周年という節目の年だったこともあり、14年の『竹鶴』の販売数は前年比で1・9倍を超えました。余市蒸溜所の来場者は、昨年9~12月で2・2倍に達するなど、今までにないにぎわいを見せています。栃木工場も放送の影響がすぐに出ました。出荷増に伴い、今までなかった休日出勤や残業で対応しています」

     ――資材や設備は不足していないか。

     「原酒の在庫が少し心配です。ウイスキーは一朝一夕で出来るものではありませんから、10~20年先の需給を見据えて造っています。現在の水準で売れ続けると厳しくなるかもしれません。うれしい悲鳴ですね」

     ――栃木工場を見たいという人も多いのでは。

     「10年ほど前までは工場見学を行っていましたが、たるなどの重い物を扱っているため、安全面でリスクがあります。『見学させてほしい』との問い合わせもありますが、残念ながら再開は考えていません」

     ――周辺の環境を重視するのはなぜか。

     「政孝さんは、その地の気候や風土がウイスキーに染み込む『風の味』があると考えていました。清冽せいれつな水、奇麗な空気、朝もやが立つような適度な湿度が必要です」

    トリックはない ――ウイスキー造りで大切にしていることは。

     「政孝さんは『ウイスキー造りにトリックはない』と言いました。本場のスコッチスタイルで自然を尊ぶ姿勢は、今もぶれていません。余市では石炭の直火で蒸溜してピート臭(スモーキーフレーバー)が強い力強い原酒を、宮城峡では繊細でかろやかな原酒を造っています」

     ――テレビ放送も今月末で終わる。

     「朝、昼、帰宅後と同じものを3回見て、涙を流しているほどなので、寂しいです。2人が目指した本物のウイスキー造りに今後も地道に向き合っていきたいと思っています」

     「ウイスキーは、大勢で飲んだり、カップルがバーカウンターでゆっくり傾けたり、1人で寝る前にロックでちびちび飲んだりできて、場面を選びません。飲み方も、ストレート、ロック、水割り、お湯割り、ハイボールとあり、懐の深いお酒です。樹齢100年のホワイトオークの樽で熟成された長い時間が詰まった酒で、人をくつろがせます。ぜひ手にとってほしいですね」

    ◇工場概要◇
     さくら市早乙女。1977年に開設され、余市蒸溜所や宮城峡蒸溜所で造られたウイスキーの熟成が主な役割。貯蔵庫が13棟あり、250リットル入りの樽を計18万個貯蔵できる。ブレンドを行う混和棟2棟もある。樽の修理も行っている。従業員34人。ニッカウヰスキー(東京都港区)は、竹鶴政孝が34年に現在の余市蒸溜所で大日本果汁として創業。全国に計7工場がある。2013年12月期の売上高は約450億円。アサヒグループホールディングス傘下。


    ◇ひさみつ・てつじ◇
     1958年、北海道生まれ。千葉県育ち。83年に東北大農学部を卒業し、ニッカウヰスキー入社。2006~12年に同社の品質管理を担う5代目チーフブレンダーを務め、国際品評会で最高賞を6年連続で獲得。12年、栃木工場長に。15年3月18日付で取締役に就任し、本社に異動した。



    ◇消費は一転増加◇
     国税庁によると、国内のウイスキー消費量(1985年度までブランデーを含む)は80年度に36万キロ・リットルに達したが、その後は減り続け、2008年度には約5分の1の7・5万キロ・リットルにまで激減した。

     しかし、炭酸水で割るハイボールがブームになったことで増加に転じ、12年度は9・9万キロ・リットルに。「マッサン」の放映も消費増につながっているとみられ、ニッカウヰスキーとサントリーの国内大手2社は新商品を相次いで投入している。

    2015年03月21日 05時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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