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    深川の雪・上

    • 深川の雪(縦1メートル99、横3メートル41)は、女性たちの絶妙な配置、多彩な表情が見所だ(岡田美術館提供)
      深川の雪(縦1メートル99、横3メートル41)は、女性たちの絶妙な配置、多彩な表情が見所だ(岡田美術館提供)

     江戸中期の浮世絵師・喜多川歌麿の晩年の作品「深川の雪」が、所在のつかめなかった長き時を経て、66年ぶりに公開されている。「吉原の花」「品川の月」と合わせ3部作と呼ばれ、いずれも栃木市の豪商の依頼で制作したと伝えられる。なぜ栃木市で描かれ、どのようなメッセージが込められたのか。2回にわたって美術的な価値、栃木市とのつながりに迫る。(都梅真梨子)

    晩年期・歌麿の実力示す/

    ■江戸の情景 江戸随一の芸者の街、深川。「深川の雪」には、夕暮れ時の大きな料亭の様が広がる。中庭の樹木には雪が積もり、「辰巳たつみ芸者」と呼ばれた女性たちは、その中庭を眺め、あるいは火鉢を囲み、遊びや化粧に興じている。享和2年(1802年)から文化3年(06年)頃の制作とされ、華やかな江戸の情景がその先に浮かんでくる。

     江戸の人気絵師だった歌麿は、栃木市の豪商「釜伊かまい」の初代・善野ぜんの伊兵衛の依頼で、肉筆画の大作「雪」「月」「花」の3部作を市内で描いたと伝わる。「雪」は最晩年の作との見方が通説。1948年の公開を最後に所在が分からなくなり、美術商が2012年に発見。神奈川県箱根町の岡田美術館が購入し、今年4月から6月まで公開している。

     「月」「花」と比べて、ダイナミックな構成力、描いた群像のバランスの良さで抜きんでている。建物の柱の多さ、女性の表情の豊かさなど、描写はより写実的だ。

    • 女性が三味線や琴を奏でるにぎやかな宴を描写した品川の月(縦1メートル47、横3メートル19)=栃木市提供
      女性が三味線や琴を奏でるにぎやかな宴を描写した品川の月(縦1メートル47、横3メートル19)=栃木市提供

    ■美術史的価値 「月」は3部作の中で最も早い天明8年(1788年)頃の作とされ、舞台は品川で最も栄えた相良屋忠兵衛の食売めしうり旅籠はたご。海を見下ろす豪壮な屋敷でのうたげを題材にしている。美人画で名をあげる前から歌麿に十分な画力があったことを物語る作品だ。「花」は寛政の初期、1790年代初めの作で、吉原遊郭の大通りに面した茶屋を描いた。満開の桜、華やかなぼんぼり、三味線や鼓に合わせた花笠踊り。ぜいたくを禁じた寛政の改革を風刺したともみられている。

     歌麿は一般的に、1790年代前半の評価が最も高い。幕府に数々の罪を着せられた晩年は、画力も衰え、悲運のうちに没したとされてきた。しかし、白黒の写真が残るだけだった「雪」の発見で評価は変わりつつある。浮世絵研究の第一人者で大和文華館(奈良市)の浅野秀剛しゅうごう館長は、「これまでの歌麿研究の見直しを迫る作品」と説明する。「歌麿の晩年が実は充実し、亡くなるまで人気絵師であり続けたことを示し、美術史的にも価値が高い」

    • 茶屋の前の路上を通り過ぎる花魁(おいらん)も描いた吉原の花(縦1メートル87、横2メートル57)=栃木市提供
      茶屋の前の路上を通り過ぎる花魁(おいらん)も描いた吉原の花(縦1メートル87、横2メートル57)=栃木市提供

    ■込めた思い 「雪」に込めた思いは何か――。取り上げた題材からその一端が読み解ける。格の高い「辰巳芸者」は、当時のファッションリーダー的な存在。「いやな客は断る」きっぷの良さ、男勝りを粋とし、青や茶の渋い色の着物を好んだ。下唇にササの葉を用いた緑色の紅をさしているのも、京からこの頃に伝わった最先端の流行。専門家らは、江戸から離れた栃木の人々の都会への憧れ、文化への渇望を絵に込めたとみる。

     また、「雪」の発見で、3部作とも署名がないことがわかった。歌麿は署名する絵師として知られる。国際浮世絵学会の会長で岡田美術館の小林忠館長は「3部作が極めて公共性の高い作品だったために署名がないのでは」と推測する。制作を依頼したのが善野伊兵衛1人だったとしても、出資したのは複数の豪商で、展示場所は広く公の場を想定していたとの見方だ。「晴れの日に寺の本堂などに飾り、憧れの遊郭の世界を、地域の人の目に触れさせたかったのだろう」

    3部作謎めく歩み/

     3部作は、出生地などが不明の歌麿と同じように、その歩みは謎めいている。

     制作を依頼した善野伊兵衛は長らくそれらを愛蔵し、1879年11月23日には、栃木市旭町の定願寺の展示会に出品した。しかし、いつしか栃木市を離れ、次に所在が確認できているのは、パリの美術商ジークフリード・ビングがフランスで「雪」と「花」を撮影した87年。ビングが所蔵しており、この数年後には「月」も購入した。

     フランスは明治時代、ジャポニスムの熱狂にわいていた。こうした中で3作ともパリに渡ったとみられ、オークションなどを経て、現在、「月」は米・フリーア美術館、「花」は米・ワズワース・アセーニアム美術館が所蔵している。

     一方、「雪」はビングの手を離れ、パリ滞在の浮世絵収集家・長瀬武郎が、パリに店を構える日本人浮世絵商から買い求めた。長瀬が帰国した1939年、日本に戻り、48年4月に銀座松坂屋で開かれた「第2回浮世絵名作展覧会」に出品されたが、その後、姿を消した。

     岡田美術館は、美術商が2012年2月に国内の倉庫で発見したのを聞きつけ、間もなく購入した。だが、どこの倉庫にあったか、その所有者については、岡田美術館は「非公開」とする。

    2014年06月22日 05時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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