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    中禅寺湖 自然美の霊場

    • 晴れた日の千手ヶ浜は息をのむほどの美しさだ=佐伯美保撮影
      晴れた日の千手ヶ浜は息をのむほどの美しさだ=佐伯美保撮影

     天気のよい日はボートや遊覧船が行き交い、観光客が湖畔を楽しげに歩く。観光地として名高い中禅寺湖だが、かつては、修行の地として知られていた。勝道上人は、男体山の頂上に立ち、中禅寺湖を発見したと言われる。そして湖畔の至る所に、神仏を祭って修行する「霊場」を作った。

     日光山中禅寺は毎年8月4日、勝道上人らゆかりの地を巡拝する「船禅頂ふなぜんじょう」を開催しており、それに参加した。勝道上人が湖畔の霊場を船で巡り、修行や祈願をしたことに由来する行事だ。

    ◆上野島

     4日午前、特別に、僧侶らと同じ小型ボートに乗せてもらった。後ろに続く遊覧船には、信徒や一般客が200人ほど乗っている。

     感じる風が心地よい。10分ほどで「八丁出島」に着いた。カエデやミズナラが茂る紅葉の名所だ。ここには、勝道上人より後に生きた僧が岬に薬師如来を見て祭ったとされる「薬師堂跡」がある。下船して、お香とお花を供えて手を合わせた。

    • 勝道上人が眠る上野島 上野島でお経をあげる人見さん ▲
      勝道上人が眠る上野島 上野島でお経をあげる人見さん ▲

     再び乗船し、しばらく進むと、小さな島の前で止まった。「上野島こうづけじま」。きれいな円形で、島がなくならないようにするためか、周囲が石で固められている。

     中禅寺の人見良典さん(56)が説明してくれた。「勝道上人の骨は主に二社一寺近くのお堂に納められていますが、奥日光とゆかりが深かったので島を作り、分骨したと伝えられています」

    • 勝道上人が眠る上野島 上野島でお経をあげる人見さん ▲
      勝道上人が眠る上野島 上野島でお経をあげる人見さん ▲

     勝道上人は今、ご自身が見つけた中禅寺湖の中におられるんだな、美しい中禅寺湖を見つけてくれて感謝だな……。手を合わせていると、色々な思いが浮かんだ。

    ◆千手ヶ浜

     さらに西に進むと、土産物屋なども並ぶ東岸がはるか遠くになり、雰囲気が変わってきた。湖岸に見えるのは、うっそうと生い茂る木ばかり。ひたすらボートは進んでいく。「こんなに広かったのか」と驚いた。

     中禅寺湖は2万年も前に男体山の噴火で流れ出た溶岩が渓谷をせき止めてできたと聞いた。1周約25キロ。歩くと9時間かかる。

     勝道上人はこの中禅寺湖を目にし、ただ見とれるばかりだったという。登頂から2年後の784年には湖畔に霊場の一つ、神宮寺を建立。これが今の日光山輪王寺の別院である中禅寺につながった。

     「中禅寺湖を修行の場にすることで、その美しさを知らせたかったのではないでしょうか」。湖畔で酒店を営む小島喜美男さん(65)はこう言っていた。子どもの頃、湖で泳いだり浜辺でキャンプをしたり。小学校入学前は水道が整っておらず、湖の水を飲んだという。

     確かに、水がきれいだ。湖底まで見える気がする。透き通った水に感心していて、小島さんの話を思い出した。

     するとまもなく、広い砂浜が見えてきた。「千手ヶ浜」。車は入れず、徒歩や遊覧船でのみ訪れることができる。ほとんど手つかずの自然が残っている。

     砂浜の周りを樹齢200年以上のミズナラやハルニレなどが囲み、赤や白のクリンソウが群生する場所だ。船を下りてから20分ほど林を通り、坂道を上ると小さな空間が開けた。勝道上人がこのあたりで見た千手観音を祭ったとされる「千手堂跡」だ。総勢200人ほどで拝んだ。

    ◆神仏習合

     千手観音は、日光二荒山神社中宮祠ちゅうぐうしの場所に祭られていたそうだ。でも今は、中禅寺の本堂に安置されている。人見さんは「奥日光は社寺が一体になって歩んできた名残を感じますよね」と話す。

     勝道上人はそもそも中宮祠の場所に、社殿と神宮寺を建てた。のちに山津波で神宮寺が流され、湖東岸に建てられたのが、今の中禅寺で、千手観音がここに祭られることになった――。

     日光は神仏習合の時代が続いていたとは、知っていたが。人見さんが教えてくれたエピソードで、そのことが胸にすとんと落ちた。

     船で中禅寺に戻る途中、最後にみんなで、中宮祠に向かって手を合わせた。(佐伯美保)

    • 本堂に安置されている「十一面千手観世音菩薩」
      本堂に安置されている「十一面千手観世音菩薩」

    ◎立木観音

     日光山中禅寺の本堂に安置されている「十一面千手観世音菩薩せんじゅかんぜおんぼさつ」は、「立木観音」とも呼ばれている。

     勝道上人は、千手ヶ浜の近くで湖の中から金色の千手観音が現れるのを見たという。勝道上人がその姿をカツラの木に彫ったものが、今に伝わる立木観音像だ。

     カツラの木に根がついた立ち木の状態で彫られたため、立木観音と名付けられた。1902年の山津波で、祭っていた寺は流されたが、観音像は奇跡的に無事だった。

    2014年08月22日 05時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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