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激闘ジャッジ37年 審判員 笠井昭一さん63

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練習試合で審判を務める笠井さん(6月27日、真岡市下大田和で)
練習試合で審判を務める笠井さん(6月27日、真岡市下大田和で)

 約70人の審判員がいる県高校野球連盟の審判部。その1人として37年にわたって球児の激闘を支えている。3月から11月の間は、仕事の予定がない限り毎週末、県内の高校の練習試合や公式戦で審判を務める。

 自宅は茨城県常陸大宮市。長年、那須烏山市に本店のある金融機関に勤め、現在も市内の保険代理店で働く。試合のある日は朝4時半に起床し、宇都宮市で試合があれば、車で片道1時間半かけて球場に駆けつける。

 野球を始めたのは高校から。会社の軟式野球チームでもプレーしたが補欠に回ることが多く、審判を頼まれるようになった。

 あまり乗り気ではなかったが、判断が試合を左右するという、選手とは違う緊張感が魅力に変わった。社会人軟式野球の審判を務めた後、攻守に全力な球児たちを見て高校野球に関わりたいと思い、26歳で栃木県高野連の審判部に入った。

 2年ほどはきわどい判定に一瞬、迷う時期が続いた。しかし、先輩審判員の試合を見て学び、実際の試合での経験を重ねると自信を持てるようになった。

 苦い記憶もある。審判員になって20年以上が過ぎた頃の夏の県大会。三塁塁審を務め、一死満塁の場面だった。センターに打球が上がり、一塁塁審と意思疎通をしないまま、外野へ走ってしまった。三塁走者のタッチアップを確認できなかった。球審が確認していて事なきを得たが、「甲子園をかけて戦う選手たちに申し訳なかった」と反省した。

 昨年は甲子園につながる大会がなくなり、球児と同じくらい残念に思った。選手たちが、甲子園を目標に朝も放課後もどれだけ練習に励んでいるか監督や部長が話すのを聞いていたし、審判を務めた練習試合でも、選手の熱意を感じ取っていたからだ。

 目標に向かって、諦めずにボールに食らいついたり、一塁を全力で駆け抜けたりする姿が、「この子たちのために頑張りたい」という、長く審判を続ける原動力にもなっている。

 公式戦の塁審は65歳までと決まっていて、夏の県大会を担当するのは今年を含めてあと2年だ。「コールドになりそうな試合も、緊迫した試合も重みは同じ。昨年の先輩たちの分も、ぜひ悔いなく全力でプレーをしてほしい」と選手にエールを送る。プレーボールは、間もなくだ。

 (おわり。この連載は舘野夏季が担当しました)

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