伝統の野州麻 先祖迎えるオガラ 猛暑に負けず収穫作業

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猛暑の中、長さが2メートルほどもある麻をゆでる湯かけ作業(1日、鹿沼市で)
猛暑の中、長さが2メートルほどもある麻をゆでる湯かけ作業(1日、鹿沼市で)
左手前が麻殻。後ろは麻を原料に作られた紙袋や草履、筆入れなど
左手前が麻殻。後ろは麻を原料に作られた紙袋や草履、筆入れなど

 先祖の霊をまつる盆を迎える。栃木の豊かな文化を紹介する「とちぎ豊穣記」。今回は盆にまつわる風習を訪ね歩いた。

 盆の迎え火、送り火は、全国的に麻の皮をはいで出た芯の「 麻殻おがら 」が用いられてきた。麻は古くから生活を支え、また神霊の力が宿るとされる。栃木の麻は 野州麻やしゅうあさ と呼ばれ、生産量は日本一を誇り、真夏は収穫がピークを迎える。

 約400年の栽培の歴史を持つ「野州麻紙工房・野州麻炭製炭所」(鹿沼市下永野)。今月1日午前10時、外気温はすでに30度を超え、早朝に収穫した麻を煮えたぎる「鉄砲釜」でゆでる「湯かけ」が続いていた。大量の火の粉、湯気が辺りに立ちこめ、汗が噴き出すが、麻の品質を保つため、必要不可欠な工程だ。

 ゆでた麻は、約4日乾燥させて束ねる。これを「 〆麻束しめそたば 」と呼び、納屋にしまう。一連の作業は午前3時頃から日暮れまで、7月中旬から盆頃まで晴れた日は毎日続く。麻農家8代目で工房の大森芳紀代表は「鹿沼が麻産地として残ったのは、先人の苦労のおかげ。栽培農家の減少、気候変動など苦境は続くが、伝統を守りたい」と語る。

 日本では、麻は縄文時代から利用され、戦前は多くの農家で栽培されていた。頑丈な性質から、衣服、紙、ひも縄などとして生活を支えてきた。栃木の麻は江戸時代、茨城などで漁網、江戸で 下駄げた の鼻緒として重宝された記録が残る。

 戦後、連合国軍総司令部(GHQ)が栽培を禁じ、栽培は、都道府県知事の許可を受けた一部農家だけになった。夏冷涼で、水はけのよい傾斜地など麻栽培の適地だった鹿沼周辺は産地として残り、県も戦後、無毒品種「とちぎしろ」を開発して支援した。栃木は現在も国内シェア9割を誇り、うち9割を鹿沼市が占める。品質も高く、大森さんの麻は、白鵬関ら多くの横綱の綱にも使われている。

 収穫が終わる盆が過ぎると、 精麻せいま づくりが始まる。なめらかな手触りと光沢が見事な精麻は、神社の幣束やお守りに使われる。

 作るには納屋にしまっておいた〆麻束を使う。発酵菌を入れた水を張った「 麻舟おぶね 」にくぐらせ、寝かせる工程を繰り返す。光沢が出て、軟らかくなったところで皮をはぎ、表皮を取り出す。 麻垢おあか と呼ばれる不純物を除く「麻ひき」をすると、きれいな繊維でできる精麻となる。

 皮をはいで残ったものが麻殻で、迎え火や送り火、 松明たいまつ に使われる。麻垢も、麻紙や 漆喰しっくい 壁のつなぎなどに利用され、大森さんは「麻は捨てる所がありません」と話す。

 大森さんは「麻は種まきから3か月程度で2メートル以上に育つ生命力があり、種は食料になり、生きる上で欠かせない多くの道具を生み出す。その特性が、日本人に特別な存在になったのかもしれません。今年の盆は、栃木県産の麻殻で、ご先祖様を迎えてほしい」と話す。

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2278822 0 とちぎ豊穣記 ~盆~ 2021/08/12 05:00:00 2021/08/12 05:00:00 2021/08/12 05:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/08/20210812-OYTAI50000-T.jpg?type=thumbnail

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