生産量日本一の干瓢 つるしてお供え 「かんぴょう音頭」は盆踊りの定番

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盆棚に干瓢をつるし、先祖に供える毛塚さん(12日、壬生町で)
盆棚に干瓢をつるし、先祖に供える毛塚さん(12日、壬生町で)
夕顔の実の皮をむく山本さん(6日、壬生町で)
夕顔の実の皮をむく山本さん(6日、壬生町で)

 栃木県が国内生産量99%以上と日本一を誇る特産品の「 干瓢かんぴょう 」は、夏が収穫や、加工作業の真っ盛り。農家の軒先で干瓢が干される光景は、真夏の風物詩として親しまれる。一大産地の壬生町では盆の間、先祖へ供える風習が今も残る。

 シュルシュルシュル――。まだ風が涼しい午前5時、干瓢 き機で、横回転する夕顔にかんなを当てると、果肉が音を立てながら、細長く勢いよく剥かれていく。「コツは、夕顔の重心に芯をさせるか。簡単そうに見えるけど難しいよ」。伝統農産物を後世につなぐ農業法人「mf」の山本直哉・農場長(46)が笑う。

 剥いた果肉は、ビニールハウスの中で 竿さお にかけて約半日乾燥させる。夜には、別の小屋に移して、防虫・防カビのため硫黄でいぶす。翌日、乾かした後に選別し、再度、硫黄で数時間いぶして完成となる。

 夕顔の国内栽培は滋賀県が発祥とされる。県内では正徳2年(1712年)、近江から国替えとなった壬生藩主・鳥居忠英が、藩の殖産振興のため、近江から種を取り寄せたのが始まりと伝わる。県央部は、水はけがよく、強い日差しと適度な雨が生育に適しており、壬生藩主も煮物や汁物で味わっていた記録が残る。

 1877年の第1回内国勧業博覧会に出品されたことで壬生の干瓢は全国に知られた。需要が急増し、これに応えるため、作業工程の簡略化が求められ、県内では干瓢剥き機の開発・改良が続き、一大産地に成長した。

 壬生町周辺では盆、先祖に干瓢を供える風習がある。同町で干瓢問屋を営む毛塚安彦さん(60)の家では、今年作った盆棚に8本の干瓢をつるした。毛塚さんは「昔は、どこの家でも仏壇や盆棚に干瓢をつり下げた。今でも『盆飾り用に干瓢ください』と来る人がいるよ」と教えてくれた。同町では、夏祭りにも「かんぴょう音頭」が盆踊りの定番といい、地域に愛され、根付いた干瓢文化が面白い。

 だが、国内最大産地を誇る一方で、食生活の変化、安価な外国産の流通、農家の後継者不足など、干瓢も苦境が続く。2019年の県内作付面積は108ヘクタールで、約40年前の3・5%程度にまで激減した。

 毛塚さんは「色々な料理に利用できる干瓢は、カルシウムやカリウムが豊富で夏バテにも効果的。先祖へのお供えにも、夏の健康管理にも、栃木が誇る干瓢を活用してほしい」と呼びかける。(三枝未来)

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