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記憶と教訓 継ぐ使命

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 阪神大震災から24年。17日は徳島を離れ、兵庫県淡路市(淡路島)の北淡震災記念公園にいた。発生時刻と同じ午前5時46分から営まれた追悼式典を取材するためだ。約200人が参加して黙とうをささげた。その中に、孫2人(当時2歳と0歳)と娘婿を亡くした伝法くに子さん(72)がいた。

 自宅でがれきの下敷きとなり生死をさまよった伝法さん。孫らが亡くなったと聞かされたのは1週間後、病院のベッドの中だった。「もし孫たちが生きていればもう20歳代半ば。同世代の子を見かけると『結婚して子どもをうんでいたのかな』と考えてしまう」という。

 1995年、私は0歳だった。大阪市内の祖父母宅で被災し、午前中のうちに両親が車で迎えに来た。帰りの車中から外の様子を撮影したビデオテープが実家に残っている。淀川沿いの道路は陥没、壊れた配水管から噴き出す水しぶき、後部座席からは赤ん坊の泣き声。確かに私はそこにいた。

 震源地から離れているとはいえ、私が住んでいた大阪でも両親が「今まで感じたことのない揺れだった」と振り返るほどの地震。家族や友人を亡くした人、生かされた人など、今なお数多くの人の記憶に深く刻まれている。

 今後は震災を肌で感じたことのない世代が増えていく。遠くない将来には南海トラフ地震の発生も懸念されており、もはや災害と関係のない人はいない。それぞれに立場は違えど私たち一人一人が阪神大震災の歴史と向き合い、教訓を引き継いでいかなければならない。(三味寛弥)

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46993 0 記者から 2019/01/18 05:00:00 2019/01/21 13:34:29

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