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    <18>母子の情愛 今も宿る…恩山寺・徳島県

    • 境内の奥にある階段を上った先にある本堂
      境内の奥にある階段を上った先にある本堂

     小高い山の中腹に建つ十八番札所・恩山寺(徳島県小松島市)。境内には弘法大師が植えたと伝わる「毘欄樹びらんじゅ」などの木々が茂り、時折吹く風に揺れる葉の音が心を静かにさせてくれる。「気軽な気分転換に向いているのか、ウォーキングや犬の散歩で訪れる人も多いですよ」。大塚弘師住職(52)が、穏やかな口調で話す。

     聖武天皇の勅命で行基が開基した頃の山号は「大日山」、寺名は「密厳寺」。女人禁制だった。伝承によると、弘法大師が寺で修行していることを聞いた母・玉依御前が善通寺(香川県)から訪ねてきたが、山に入ることができない。弘法大師は17日間にわたって滝に打たれる女人開禁の秘法を処し、成就。母は寺で出家し、大師は山号を「母養山」、寺名を「恩山寺」に改めたという。母が出家の際に剃髪ていはつした髪は、大師堂隣の御母公堂に納められていると伝わる。母と子の情愛が宿る寺だ。

     境内で、大阪市生野区の会社員、増田勝二さん(37)と出会った。父の影響で遍路を始めたといい、20歳代後半から週末を利用し、区切り打ちをする。父が遍路を始めたのは、20年ほど前。増田さんの母の死がきっかけだったという。父は巡礼時、常に母の写真を持ち歩くという。

     この日は一人だったが、都合が合えば父と歩く。「一緒に札所を巡っていると、普段は聞けないことを話してくれるんです。父と母が出会った頃の話や私が幼かった時のことなど……知らなかった両親の“素顔”を垣間見ることができるんですよ」と話す。

     「自分にも子どもができて一緒にお遍路をしたら、同じように色々語ってしまうのかな」。遠くを見ながら、つぶやく増田さん。そして、「こんなこと、父と一緒に来ていたら恥ずかしくて言いませんけれどね」と照れ隠しのように笑う。

     母を慕う大師の心が秘められた遍路道。お遍路さんたちは家族に思いをはせ、絆を確かめながら歩を進める。(皆川聡美)

     <ガイド>

     お遍路さんの人気を集めるのは、恩山寺にだけ伝わる「摺袈裟すりげさ」というお守り。「る」は「版木で印刷する」という意味で、かつては僧侶が着る「袈裟」に梵字ぼんじで「陀羅尼だらに」を記していた。現在の梵字は印刷されたものだが、今でも寺には江戸時代中期頃の版木が残されているという。

     摺袈裟を所持すれば、悪いことを良いことに変える「滅罪生善めつざいしょうぜん」の功徳があるとされ、亡くなった人のひつぎに納めれば極楽浄土へ往生できると伝わっている。

     <ここにも立ち寄って>音に反応 タヌキ像

    • 高さ約5メートルあるタヌキのブロンズ像
      高さ約5メートルあるタヌキのブロンズ像

     恩山寺の北約3キロ、小松島市小松島町にある旧国鉄小松島線・小松島駅跡地の「小松島ステーションパーク」(約1万3500平方メートル)は、地域住民の憩いの場になっている。パーク内にある「SL記念広場」は、1913年の開業当時を再現した駅舎が建ち、蒸気機関車も展示するなど往時をしのばせる。

     ひときわ目を引くのは、同広場に隣接する「たぬき広場」のタヌキのブロンズ像。小松島市が民話「阿波たぬき合戦」の舞台になったことにちなみ、開園時に市が造った。高さ約5メートルで、タヌキのブロンズ像としては日本一の大きさだという。前に立って手をたたくと、音に反応して像の後ろから滝のように水が流れ出す仕掛けも施されている。

     問い合わせは同市都市整備課(0885・32・2118)。

     おわり

    2015年12月20日 05時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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