投手と役者「二刀流」挑む
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◇徳島インディゴソックス新入団選手でプロのミュージカル俳優 和田一詩さん 23

野球歴は軟式でプレーした中学時代までで、硬式球は握ったことすらほとんどなかった。それでも昨年11月に行われた四国アイランドリーグplus・徳島インディゴソックスのトライアウトで球速135キロをマーク、打者3人をすべて三振に仕留めた。結果は合格。晴れて野球選手となったが、プロのミュージカル俳優として舞台にも立つ。「球場も劇場もやることは同じ。人の心を動かしたい」。異色の〈二刀流〉への挑戦が始まった。
小学生の時、「ライオンキング」の曲をCDで聴き、ミュージカルに憧れた。だが、周囲に演劇に詳しい人はいない。米国のブロードウェー俳優の演技を動画で見て、独学で発声を学んだ。高校生になると、クラスメートが進学や就職の道を選ぶ中、ひたすら歌声を磨いた。そして3年の冬、数十倍という倍率の劇団四季のオーディションを突破、役者の夢をかなえた。
2015年からはフリーとなり、自分でプロデュース公演を開くなど充実する一方、「1%のもやもやが残っていた」。幼い頃からの巨人ファンで、もう一つの夢は野球選手になることだった。17年6月、先輩役者とキャッチボールをした時、「球がとんでもなく速い。プロも目指せる」と言われてその気になった。
3か月後、「思いを断ち切るつもり」で憧れの巨人軍の入団テストを受けたが、不合格。しかし、遠投で95メートル超を記録するなどして1次試験を通過し、やめられなくなった。徳島のトライアウトで「伸びしろがある。自分次第で道が開ける世界ということを証明してほしい」と南啓介球団代表が目をつけ、入団が決まった。
1月に開かれた新入団選手の記者会見の席上、集まったファンを前に歌声を披露した。ミュージカル「オペラ座の怪人」の劇中歌の一節。聞き慣れない周囲の選手たちは歌詞すら聞き取れなかったが、低く響く心地よい美声に「やっぱりプロは違う」と言わしめた。
今月末には名古屋市で行われる公演に出演するが、シーズンが始まれば野球に専念する。「今度はマウンドでのパフォーマンスでうならせたい」。歌声に込めてきた気持ちを右腕に乗せ、目指すのは、もちろん主役の座だ。
<わだ・かずし> 1995年、愛知県東海市生まれ。2012年12月、高校3年の時に劇団四季のオーディションに合格し、研究生となった。ミュージカル「ライオンキング」や「李香蘭」などに出演した。15年からフリーに転向し、浅利慶太さん演出のミュージカル「夢から
◆取材後記
◇「結果を出す」頼もしく
シーズン中は野球に集中するとあって、役者仲間から「何がしたいの」と冷ややかな視線を浴びることも。ネット上にも「(役者も野球も)中途半端」という心ない書き込みをされたという。
それでも「言わせておけばいい。結果を出せばいいんだから」との言葉が頼もしい。入団会見で物おじすることなく、堂々と歌声を披露する姿に、歩んできた人生へのプライドを感じた。 今後の目標はもちろんNPB(日本野球機構)入り。徳島発の二刀流で、野球を盛り上げてくれることを期待したい。(三野槙子)