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ドイツ兵の墓の前で、亡き祖父の思い出を語る小林さん(徳島市で)
ドイツ兵の墓の前で、亡き祖父の思い出を語る小林さん(徳島市で)

 ◇ドイツ兵の墓を守る 小林佳司さん56

 徳島市加茂名町の眉山中腹にある西部公園。戦没者をまつる忠霊塔の近くに「ドイツ兵の墓」がひっそりとたたずむ。厳かな外柵の中に設置された御影石の墓碑には、2人のドイツ兵の名が刻まれていた。

 30年ほど前までは雑草が生い茂る荒れ果てた墓地だった。今では慰霊祭にあわせ、第九の合唱が行われる。墓地の整備には1人の元シベリア抑留兵の尽力があった。

 徳島市の建設会社経営小林佳司さん(56)は、祖父嘉吉さんとともに公園を訪れた「あの日」を忘れない。1988年春、雑草でうずもれた墓石を見つめていた嘉吉さんは、声を震わせた。「これを見て、お前は何とも思わんか」

 小林さんは「祖父はシベリアで捕虜となり、異国の地で死んだ戦友の姿を重ねたんだと思う」と語る。

 嘉吉さんは11年に徳島市で生まれた。建築士となり、満州(現中国東北部)で工務店を経営していた45年5月に関東軍に召集され、3か月後に終戦。しかし、朝鮮半島でソ連軍の捕虜となり、シベリアに連行された。強制労働を経験し、帰国できたのは、49年秋だった。

 嘉吉さんは当時の体験について多くを語らなかった。「言葉は少ないけど、何とも言えない魅力があった」と徳島日独協会の石川栄作・事務局長(66)は嘉吉さんとの思い出を振り返る。墓地の存在を知った後、嘉吉さんが協会に入会してきた。墓地の整備を呼び掛けると、友人らも賛同して協会に加入し、活動が盛んになった。嘉吉さんは私費も投じ、さらに徳島市にも協力を要請。89年、新しい墓碑が完成した。

 嘉吉さんは91年にドイツ兵2人の遺族を探し出し、ドイツを訪問。その遺族が2年後に来日して墓参したことを契機に毎年5月、慰霊祭が開かれるようになり、95年からは地元の合唱団が第九を歌うようになった。

 嘉吉さんは2005年に93歳で亡くなった。亡くなる直前まで車いすで慰霊祭に参加し、墓前に響く第九に聞き入った。石川さんは「第九の歌詞には戦争の悲しみや苦しみを乗り越えてたどりついた喜びが込められている。嘉吉さんの人生にふさわしい歌です」と語る。時間があれば慰霊碑に手を合わせる小林さんは「祖父の代わりに2人の冥福めいふくを祈り続けたい」。今年の慰霊祭は27日に開かれる。

 

 <2人のドイツ兵> 墓誌によると、2人はジァン・ヘルムート氏とエーリヒ・リーデル氏。第1次世界大戦の際、ドイツ統治下だった中国・青島で、日本軍と交戦して捕虜となり、病院で亡くなった。その後、第2次世界大戦中、今度は同盟国となったドイツとの友好の象徴にと陸軍墓地だった現在の西部公園に遺骨が移葬された。

 

 <徳島日独協会> 1960年、当時の知事を会長に発足。72年に完成した鳴門市の旧・ドイツ館の建設などに尽力した後、しばらく休眠状態が続いたが、90年に活動を再開した。事務局はその後、徳島大学内に置かれ、石川さんは2000年から事務局長を務める。ドイツ兵墓地の管理と、ドイツとの国際交流活動を続けており、現在の会員は24人。

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23432 0 語り継ぐ、歌い継ぐ 第九アジア初演100年 2018/05/26 05:00:00 2018/05/26 05:00:00 ドイツ兵の墓の前で、亡き祖父の思い出を語る小林佳司さん(徳島市で) https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20180525-OYTAI50012-T.jpg?type=thumbnail

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