変わる街 変わらぬ人情 東京スカイツリーと歩んだ10年[連載・ツリーとともに](1)

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 東京の下町・墨田区押上に東京スカイツリー(高さ634メートル)が誕生して、今年5月22日で10年となる。国内外から多くの観光客を迎え入れ、コロナ禍で一時休業に追い込まれた時も、華麗なライティングで人々を癒やし続けた。いまや世界に誇る日本の首都の顔となったツリー。ともに歩んできた人たちの話から、その魅力を解き明かしたい。

開業日に結婚 私たちも10年 ツリーの歴史は家族成長の歴史[連載・ツリーとともに](7) 

スカイツリーと採れたて野菜 地元育ちの青年が青空市に加わったワケ

 「この大根、葉っぱまで甘いよっ」「カブは浅漬けにしてね!」。青空が広がった先月25日の朝、東京スカイツリーに程近い墨田区の曳舟駅前の広場に、佐々木農園の佐々木佑介さん(29)が威勢のよいかけ声を響かせていた。

「すみだ青空市ヤッチャバ」で野菜を販売する佐々木佑介さん(先月25日、墨田区京島で)=青木瞭撮影

 近郊の農家らが毎週土曜、新鮮な野菜や果物、生花を持ち寄って販売する「すみだ青空市ヤッチャバ」。佐々木さんが畑で自ら収穫したばかりのニンジン、ラディッシュ、春菊など自慢の野菜を並べると、近くの高層マンションに住む若い母親たちがやってきて、飛ぶように売れていく。子どもたちの笑い声で包まれる広場で、佐々木さんは「野菜の良さを自分の言葉で直接伝えられるから、売るのが楽しいんです」と笑顔で話す。

  佐々木さんの実家は、広場から歩いて15分ほどの東向島地区にある。ここでは父、栄五郎さん(61)と母、直子さん(54)がいまも、27年間続く弁当店「魚八(さかなや)栄五郎」を切り盛りしている。

 東向島はかつて、戦災を免れた古い木造家屋が軒を連ね、下町風情が色濃く残る街だった。佐々木さんも幼い頃から、店を手伝う傍ら、友達と駄菓子屋で遊んだり、夏祭りで近所のおじさんたちと神輿(みこし)を担いだりした思い出がある。

 ツリーの建設が始まったのは高校1年の頃。自分の成長とともにツリーも伸びていくように感じた。茨城県立農業大学校を卒業後、千葉県の農家に弟子入りし、有機農法を学んだ。たまに実家に帰る際は、完成したツリーめがけて車を走らせた。ツリーが見えてくると、「ふるさとに帰ってきた」とほっとした気分になった。

 昨年2月から千葉県印西市に畑を借りて、化学肥料を使わない野菜の栽培を始めた。「丹精して育てた野菜をどこで売ろうか」と考えた時、真っ先に思い浮かんだのはスカイツリー。開業以来、周辺の押上・曳舟エリアは全国区の知名度となり、古い家屋が次々に取り壊され、代わりに新築の住居やスーパーが建った。そのためか、安全安心な食材に関心が高い子育て世代が増えてきたな、と感じていた。「ここしかない」。11月からヤッチャバに加わった。

いまも顔なじみ客が絶えない魚八栄五郎の店先(先月28日、墨田区東向島で)

 魚八栄五郎の周辺もずいぶん変わった。しかし味もさることながら、ボリューム満点で手頃な値段が人気で、店には相変わらず、近所の主婦や工事現場の若い作業員らが、昼の弁当や夕飯の総菜を買い求めにやってくる。「ずいぶん大きくなったねぇ」と子どもに声をかけたり、裏手のおばあちゃんが正月用の餅をお裾分けしにきたり――。路地裏の人情は昔と変わらない。

 ヤッチャバも、人懐っこいおばちゃんや、若い夫婦ら様々な住民が集う場となっている。新鮮な野菜を気に入ってくれる顔なじみもできた。そんなお客さんたちと会話するたびに佐々木さんは思う。「新しく移り住んできた人たちにも、人情味あふれるこの街の良さを感じてほしいな」と。  

両さん自慢 下町の誇り 「こち亀」作者で成長を見守った 秋本治さん

「未来へのわくわくが詰まったツリーは、漫画の格好の『材料』だった」と語る秋本治さん

 ある日、大阪・通天閣署のメンバーにせがまれて、開業したばかりの東京スカイツリーを案内することになった「両さん」。面倒くさがりながらも次第にその気になり、一日の終わりに、青くライトアップされたツリーを正面に望む北十間川を訪れる。「ほんまにすごいわ」と歓声をあげる彼らに誇らしげに言う。

 「下町を照らす大きなキャンドルだぞ」

 型破りだが人情味あふれる警察官「両さん」こと両津勘吉が、下町を舞台に大暴れする漫画「こちら葛飾区亀有公園前派出所」(こち亀)。2013年発行の第187巻に収録された「スカイツリー行きたいねんの巻」の一場面だ。

 両さんの言葉は葛飾区で生まれ育ち、ツリーの成長を見守り続けた秋本さんの思いでもある。着工当初は「電信柱みたいだな」と思っていたが、みるみる空高く伸びていき、いまや日本のシンボルに。「本当に立派に育ったという感じですね」。誰にでも自慢できる地元の誇りになった。

 1976年から2016年まで休まず連載した「こち亀」は、少年のように新しもの好きの両さんを通して、電気自動車やドローンなどその時々の流行を取り入れてきた。「未来へのわくわくが詰まったツリーは、漫画の格好の『材料』だった」。秋本さんはツリー周辺をくまなく歩き、とりわけごちゃごちゃした街並みの合間から見える、庶民の生活に溶け込む構図のツリーを度々登場させた。

 ツリーの周りにはおしゃれな店が並び、若者たちが行き交うようになった。下町の風景っぽくないと思った時期もあるが、地元住民も買い物に訪れ、いまではすっかりなじんでいる。秋本さんはツリーを通して、これからも下町の変化を描き続けたいと思っている。「いつかまたツリーと両さんとのコラボもあるかもしれませんね」  

力強い名前 希望の象徴 作詞家でツリーの“名付け親” 阿木燿子さん

 2008年3月19日、新タワーの名称を決める検討委員会の席上。公募で集まった名称案が並んだ資料をぱらぱらとめくると、一つの案が目に飛び込んできた。

 《東京スカイツリー》

 別の案も一応、目を通したが、やはりその名は脳裏から離れない。

 真っ先に思い浮かんだのは、童話「ジャックと豆の木」。魔法の豆の木は一晩で天高く伸び、大地に強い根を張る。白くすらっとそびえるツリーの完成予想図を見ながら、「イメージにぴったり」と感じた。さらに少年が果敢に豆の木を登る姿を想像すると、日本社会を覆う閉塞(へいそく)感から脱却する力強さを言い表しているようにも思えた。

 阿木さんがその直感をほかの委員に訴えると、「東京スカイツリー」は最終選考の6案に残った。その後の全国投票で、投票総数約11万票のうち最多の3万2699票を集め、新名称に選ばれた。

 開業から何年かが過ぎたある日。東京駅からの仕事帰りに、夫の宇崎竜童さん(75)が運転する車が道に迷ったことがある。右往左往していると、目の前に突然、仰ぎ見るような大きさのツリーが現れた。夕刻の西日を浴びて美しく輝く姿に見とれながら、“まな娘”が自分を探し当ててくれたような気がした。以来、車窓からツリーが見えるたび、頼もしさを感じながら、手を振っている。

 〽風が吹く 歴史を 風が行く 押し上げ 絶望の淵にも 陽はまた昇る

 コロナ禍の中、作詞した新曲では、刻々と移ろいゆく世の中は思い通りに生きられないけど、希望はいずれ訪れる、との思いを歌詞に込めた。

 10年の年月を経て多くの人たちに愛される存在となったツリーを見て時折思う。「ツリーは人々の希望の象徴になってくれるのでは」

 数字でみるスカイツリー

2362台   ツリーを照らす発光ダイオード(LED)照明の数。開業当初は1995台だったが段階的に増え、2020年2月、東京五輪・パラリンピックを観戦に訪れる外国人が羽田空港から輝くツリーを眺められるよう、最上部の「ゲイン塔」などに347台を増設した。

118作品   ツリーでロケを行った映画やテレビドラマなどの作品数(2020年度現在)。上白石萌音主演で、ラブコメディーとしてヒットしたTBS系ドラマ「オー!マイ・ボス!恋は別冊で」(21年)や乃木坂46の「Route 246」のミュージックビデオに登場した。

3億249万人   ツリーを中心とした複合施設「東京スカイツリータウン」の開業以来の累計来場者数(2021年11月末現在)。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、20年3月以来、度々臨時休業に追い込まれたが、先月27日、ツリーの展望台の来場者が4000万人を突破した。

28.9%   ツリーを訪れた人のうち外国人観光客の比率(2019年度)。開業翌年の13年度は6.8%だったが、コロナ禍以前はインバウンドの増加を追い風に右肩上がりで上昇した。国・地域別では中国が最多の18.2%で、米国12%、台湾9.4%、オーストラリア4.9%と続く。

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