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貞明皇后が贈った絵と書 1920・ローマ東京間飛行記念 伊王妃へ フィレンツェの画家 道原さん発見

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記念帖を手にする(左から)フェラリン中尉の次男ロベルトさん、道原さん、ロベルトさんの次女カロリーナさん(2017年1月、イタリア・ミラノで)=道原さん提供
記念帖を手にする(左から)フェラリン中尉の次男ロベルトさん、道原さん、ロベルトさんの次女カロリーナさん(2017年1月、イタリア・ミラノで)=道原さん提供
アルトゥーロ・フェラリン中尉
アルトゥーロ・フェラリン中尉

 イタリア中部フィレンツェ在住の画家、道原どうばら聡さん(61)が、100年前に貞明皇后からイタリア王妃に贈られた絵画と書を見つけた。1920年の「ローマ東京間飛行」を記念した、当時の日本の小学生の作品で、166点のうち子孫がわかったのは7人だけ。道原さんは情報提供を求めている。

 ローマ東京間飛行が、イタリアの飛行機によって成し遂げられたのは1920年。世界初の欧州―アジア間の連絡飛行で、11機の飛行機が挑戦し、アルトゥーロ・フェラリン陸軍中尉と、ジーノ・カッパンニーニ機関士の1機だけが成功した。

 フェラリンらは3か月かけて約30か所を経由。1万8000キロを飛行して同年5月31日、代々木練兵場に到着した。陸軍大臣や外務大臣らに出迎えられ、60日ほど日本に滞在。歓迎を受けたという。

 道原さんはローマ東京間飛行に興味を持ち、フェラリンが残した自伝を読んだ。自伝には、フェラリンらが日本に滞在中、大正天皇のきさき・貞明皇后と面会し、皇后から、「小学生に絵を描かせて、各校で最も優れた作品を集めて2冊のアルバムにして託すので、イタリア王妃に渡してほしい」と頼まれたとの記述があった。アルバムを受け取った王妃が、「偉業の記念品にして」とフェラリンの母に与えたとも書かれていた。

 道原さんがその後、アルバムの行方を調べたところ、2017年に1冊はフェラリンの次男、ロベルトさんが持っていることを確認。もう1冊は19年に、イタリア空軍歴史博物館が保管していることがわかった。フェラリンの兄弟を経由して空軍に寄贈されていたという。

 2冊のアルバムの表紙には「記念ちょう」と書かれ、計166点の絵画や書が収録されていた。著名人の子供の頃の作品も多かったため、道原さんは子孫とみられる人に連絡を取った。

仲倉仙太郎氏の書(イタリア空軍歴史博物館所蔵)
仲倉仙太郎氏の書(イタリア空軍歴史博物館所蔵)
建築家・吉村順三が12歳の時に描いた鈴虫の絵(イタリア空軍歴史博物館所蔵)
建築家・吉村順三が12歳の時に描いた鈴虫の絵(イタリア空軍歴史博物館所蔵)

 その一人、映画監督の仲倉重郎さん(79)は、父・仙太郎氏の書が見つかった。12歳とは思えない達筆な字で、「鵬程萬里ほうていばんり」(非常に遠い道のりのたとえ)と書かれていた。

 仙太郎氏は書道が得意で、仲倉さんは「小学生の頃、夏休みの習字の宿題を代筆してもらった」と述懐する。仲倉さんら一家は朝鮮半島で終戦を迎え、着の身着のまま帰国した。仙太郎氏の子供の頃のものは何一つ残っておらず、「宝物が見つかった」と喜んでいる。

 ほかにも、「日本のゴーギャン」とも呼ばれる画家の田中一村(1908~77年)や、建築家の吉村順三(1908~97年)の絵画があった。

 道原さんは将来、これらの作品を日本で展示したいと考えている。「イタリアに渡ったきり忘れられていた100年前の子供たちの作品を、今の子供たちに見てもらいたい」と話している。

 当時の子供たちの氏名、校名、年齢の一覧は、絵や書の写真とともに、記念帖のホームページ(https://kinencho1920.com/)に掲載されており、ホームページから問い合わせや情報提供もできる。

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1881663 0 ニュース 2021/03/03 05:00:00 2021/03/03 05:00:00 2021/03/03 05:00:00 記念帖を手にする(左から)フェラリンの次男ロベルトさん、道原さん、ロベルトさんの次女カロリーナさん(2017年1月) ※クレジット不要、付けるなら「道原さん提供」 https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/03/20210302-OYTNI50029-T.jpg?type=thumbnail

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