旧渋沢邸 復元着々 来春完成

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青森県から江東区へ移築される旧渋沢邸(清水建設提供)
青森県から江東区へ移築される旧渋沢邸(清水建設提供)

 明治・大正期に活躍した実業家で、新1万円札の「顔」にもなる渋沢栄一(1840~1931年)が、現在の江東区に構えた「旧渋沢邸」。移築に伴って一度は姿を消した歴史的な邸宅の復元工事が、大手ゼネコン「清水建設」(中央区)の手で進められている。昨年末には主要部分「表座敷」の骨組みが完成し、2023年春の完成後は一般公開される予定だ。(大原圭二)

■「当時の最先端」次代へ

 かつて深川区と呼ばれていた江東区で渋沢は約12年間にわたって暮らし、区議会に当たる区会で議長も務めた。木造2階建ての邸宅は延べ床面積約1200平方メートルで、1878年(明治11年)に建てられた和館の表座敷を施工したのが、清水建設2代目当主の清水喜助だった。

 表座敷は、材木に切り込みを入れて組み合わせる「木組み」という伝統的な工法を取り入れた。1階の柱や、柱をつなぐ材木「 長押なげし 」にはヒノキが使われているほか、2階は屋久杉の天井板と畳の並べ方を工夫し、合わせ鏡のように見える斬新なデザインを採用した。現場監督を務める同社の沼田穣さん(45)は「材料の目利きがすばらしく、通好みの造り」と話す。

 一方で、華美な装飾は避けられている。階段には希少性の高い材木「黒柿」が使われたが、唐獅子の像を載せようという提案に対し、渋沢は「住まいは分に応ずべきである」として拒んだという逸話が残る。

 邸宅は明治末期に現在の港区に移築され、渋沢は米国から来日した政財界の要人らをもてなしたという。昭和初期には洋館部分を増築した。玄関にはステンドグラス、応接室には大理石の暖炉が配され、沼田さんは「西洋邸宅は当時まだ珍しく、最先端の様式を取り入れた貴重な建築物だ」と語る。

 戦後は国の所有物となり、大蔵大臣の公邸にもなった。老朽化に伴って民間に払い下げられ、1991年には青森県へと移築。清水建設が2019年に取得し、「ふるさと」で再建を進めている。移築や増築がくり返されたことから複雑な構造となっているだけでなく、築140年以上が過ぎているため、傷みも激しいという。それでも、沼田さんは「旧渋沢邸には、長い歴史の中で多くの職人たちが関わってきた」とし、「先達の工夫や努力の跡を生かしつつ、次世代に残せるように修復を進めていきたい」と話している。

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