<中・作戦>「脱・犠打」で楽しさも

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送りバントを用いない星林。その分打撃練習には力を入れている(和歌山市で)
送りバントを用いない星林。その分打撃練習には力を入れている(和歌山市で)

 2番打者といえば、小技の利く小兵。そんな固定観念を覆す「2番」が、星林(和歌山市西浜)にいる。年明け以降、4本塁打を放つ一方で、犠打はわずかに3。「1番が出塁し、2番がバントで送る」との高校野球のセオリーを、真っ向から否定する。

 「基本的に送りバントのサインは出さない。打った方が点が入るからね」。星林で指揮を執り始めて3年目の岩尾元監督(47)は、そう言ってのける。昨夏の県大会2回戦。初回に先頭打者が死球で出塁すると、2番が2球目を振り抜き、左翼への先制2ラン。これが決め手となり、接戦をものにした。

 現チームの2番は、身長1メートル70、体重73キロ、ずっしりとした体格の徳永恒春(3年)。「出塁した1番を、自分の長打でかえすつもりで打席に入っている」と話し、追い込まれてもバットを短く持つことはない。チーム最多の32三振は、フルスイングの証しだ。

 こうした「脱・送りバント」の傾向は、星林に限ったことではない。

 夏の県大会の記録によると、昭和最後の大会となった1988年と2016年との比較で、犠打数は202から192に減少。安打は逆に100以上増えており、送りバントを使う割合が大きく減っている可能性が見て取れる。

 背景には、打撃マシンの性能向上などによって、投手より打者が有利になる「打高投低」の傾向が続いていることと、犠打を使わないことで知られる三重(三重)が甲子園で準優勝するなど活躍していることがある。プロ野球や大リーグでも、2番に長打力を求める傾向は強まっている。

 岩尾監督は「1点先制して安心できる時代は終わった。2点でも3点でも取れるだけ取らないと、簡単に逆転される」と語り、こう付け加える。「そもそも打者は、バントより打ちたいはず。自由に打たせてやることで野球を楽しめるし、結果にもつながる」

 送りバントは、「犠牲バント」とも呼ばれる。1970年代、箕島(有田市)を率いて黄金時代を築いた尾藤公氏は、選手たちに「チームプレーとは何か」「犠牲とは何か」を繰り返し説き、堅実な野球に徹して選手の力を引き出したという。

 「役割を果たすこと」から「楽しむこと」へ――。送りバントという作戦を巡る変化からは、競技への姿勢の変化も透けて見える。

 ◇<昭和は>4番でも送りバント

 尾藤公氏の息子で、2013年から箕島を率いる尾藤強監督(48)に、黄金時代の箕島野球と送りバントについて振り返ってもらった。

                  ◇

 当時は、4番打者でも当たり前のようにバントのサインを出していた。チーム全員が、その必要性を理解していたからできたことだ。

 併殺のリスクを避け、確実に1点を取りに行くという作戦面で重要なことはもちろん、「犠牲」の字のごとく、自らを殺して勝利に近づけるというプレーは、チームを一つの方向に進ませていく上で、重要なアイテムなのだったと思う。

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30447 0 平成球児事情 2018/07/05 05:00:00 2018/07/05 05:00:00 黙々と打撃練習を続ける星林ナイン。打撃練習が始まると、元気が出る選手が多いという(6月25日、和歌山市で) https://www.yomiuri.co.jp/media/2019/01/20180704-OYTAI50009-T.jpg?type=thumbnail

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