<記者から>無念の思い 伝え切れたか
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「なぜこんな事件が起きたのか」「真実が知りたい」――住民同士の親睦を深めてきた自治会の夏祭りを、恐怖に陥れた和歌山市の毒物カレー事件。遺族や被害者が問い続ける素朴な疑問は、20年たった今も答えが見つかっていない。
発生翌日から現場で取材を続けた。最愛の子や一家の大黒柱を突然奪われた家族、長期の入院を強いられ後遺症の不安を口にした被害者。何の落ち度もない人たちの話に耳を傾ける度、不条理な犯罪への怒りがこみ上げてきた。
林真須美死刑囚の公判。欠かさず傍聴する遺族と被害者の姿があった。「真実を自分の目と耳で確かめたい」との思いからだが、否認を続ける林死刑囚から動機や謝罪の言葉が語られることはなかった。判決が確定したとはいえ、やり場のない怒り、癒やされない悲しみは当事者の胸の奥深く刻まれたままだ。
遺族にとっては、「20年」の歳月が節目や区切りになるはずもない。わかってはいるが、恐る恐るインターホンを押した。何度も伺ったお宅だが「思い出すとつらい」と、取材には応じてもらえない。それでも、「雑談ならええよ。久しぶりやし」と返してくれる。救われた気がした。
7月25日朝、現場周辺を訪ねた。突き刺すような日差しは20年前よりも強烈だが、時折、水路沿いを心地よい風が吹き抜けていった。夕方、穏やかな表情で犬の散歩をする人とすれ違った。子供たちのはしゃぐ声も聞こえてきた。
もどかしさは残るが、住民の暮らしには平穏が戻っている。「もう忘れたい」という声の一方で、「事件を風化させたくない」との意見も根強いと聞いた。遺族、被害者の無念の思いは伝え切れたのか。これからも自問自答を続けたい。(大場久仁彦)