<下>1点の重み 聖地へ教訓
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夏の高校野球和歌山大会を「60点」の猛攻で制した智弁和歌山。中でも、16―0と最も点差の開いた準々決勝の日高戦は万全の試合運びに思われたが、甲子園最多勝を誇る監督・高嶋仁(72)の目には、そう映っていなかった。
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「後味が悪い」
そう指摘したのは、コールド勝利を目前にした五回の守備。一死から振り逃げで出塁を許し、その後三塁まで進まれたプレーを、「ああいうのはいらん失点になる」と断じた。何点リードしていても、1点をおろそかにしてはいけない――。名将のその危機感は、4日後に現実のものとなる。
市和歌山との決勝戦。2点リードの九回表、先頭打者が振り逃げで出塁すると「嫌な予感がする」。高嶋はベンチでつぶやいた。直後、代打で出てきた選手が本塁打を放ち、試合は振り出しに。結果的にサヨナラ勝ちしたが、これまではっきりと見えていた、甲子園、日本一への道が初めてかすんだ瞬間だった。
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1点の重み――。決勝以外に接戦をしてこなかったことで甲子園に向けて残った不安は、「60点」の弊害ともいえる。
だからこそ高嶋は一つのプレーにこだわり、優勝後は選手たちにこんな言葉をかけた。「甲子園では、1点を争うゲームばかりになる。ただ、どんな試合でも、相手より1点でも多く取ればそれでいいんや」
一方、積み重ねた得点が選手たちの自信になっていることも事実だ。
「どんな場面からでも点が取れる雰囲気がある」と主将・文元洸成(3年)は話す。序盤に3点を先行され、初めて追う展開となった決勝でも、「3点差ならいつでも返せる」と余裕があった。三回、甘い球を狙い澄ますと、走者2人をかえす左越え二塁打。あっさりと同点に追い付いた。
「甲子園でリードされる展開になっても、和歌山大会での打線のつながりを思い出し、常に余裕を持ってプレーしたい」
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選抜大会前、高嶋は「今のチームは、選抜で初優勝した1994年のチームに似ている」と予言めいた話をし、あと一歩まで迫る快進撃を見せた。
実は、夏に向けてもこんなことを話している。
「春の優勝メダルはリボンが紫色で、準優勝が赤色。夏は優勝が赤色のリボンになる。今年の夏は『智弁の色』をつかみにいく」
「歴代最強」とも評される打線が、18年ぶりの“頂点”を目指す。
(敬称略)
◇記者が選ぶ「この得点」
九回に追いつかれた決勝の市和歌山戦。先頭打者の林晃汰(3年)が懸命に走って出塁し、捕逸と犠打で三塁へ。黒川史陽(2年)が外野まで運ぶと、林は迷わず本塁へ突入した。2人の気持ちのこもったプレーが、「60点」の中で何より重いサヨナラの1点を挙げた。
わずかな得点が勝敗を分ける甲子園での戦い。泥臭く1点を積み重ね、深紅の大優勝旗をつかんでほしい。