<7>普遍性持たせる技巧
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お気に入りの布団を抱えて立っているのは作家の娘さん。みなさんにもこんな時期があったかもしれない。
野田哲也は、このような日々の出来事を作品のモチーフとして、版画による「日記」を1968年から今日までつづってきた。家族や知人の姿、子どもの成長、旅先で目にした風景など、私的な日常のなかで出会った断片を撮影し、版にする。
その際に野田は「謄写ファックス」という、かつて学校などで配布書類を作成するために活躍した自動製版機を使う。ガリ版と呼ばれる謄写版から発展した「謄写ファックス」は、原稿の濃淡を光の反射の具合によって機械が読み取り、ビニールの原紙に穴を空けて写し取るが、一般的なシルクスクリーンでの写真製版のように網点が出ない。和紙に木版で背景を刷り、その上に少しかすれたような写真のイメージが重ねられている。
よく見るとイメージには、鉛筆や筆で手を加えたり削ったりした跡もうかがえるが、作家独自の技法を用いた丁寧な作業の過程を経ることで、作家個人の記録は、私的なものから普遍性を持った表現へと昇華される。そして私たちは野田の作品のなかに、日々の瞬間が単なる記録ではなく、日々の生活のなかにこそかけがえのない一瞬があるということに、改めて気づかされる。(県立近代美術館学芸員 奥村一郎)