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<14>偶然満ちる 複雑な世界

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パウル・クレー〈綱渡り〉1923年リトグラフ・紙(縦43・8センチ、横26・9センチ)
パウル・クレー〈綱渡り〉1923年リトグラフ・紙(縦43・8センチ、横26・9センチ)

 細い綱の上を、長い棒を持ちながら進む人らしき存在が描かれている。ピンク色の背景を区切るように走る白い十字は、暗いなかを歩む存在を照らす光のようだ。サーカス小屋でスポットライトを浴びて曲芸を演じる綱渡り師だろうか。

 綱には絵の正面や下方など、あちこちへ向かう板や階段のようなものがつながり、複雑な世界が構築されている。不安定な足元を確かめつつ、綱渡り師が進むあとさきは一本道ではなく、次元をも異にするような、いくつもの分岐がある。

 この作品はリトグラフによる版画であるが、黒い線で表されたイメージは、作者が独自に編み出した油彩転写の技法によって描かれた。

 油彩転写は、紙に油絵具を塗り広げてカーボン紙のようなものを作り、紙の裏から元となるイメージをなぞって転写する技法である。塗りむらや力加減により、不規則な振幅が連なる線が生まれ、イメージに偶然のゆらぎをもたらす。

 線の間にあるかすれた色面は、線を引く際に支えとした手などにより、たまたま色が写った部分である。空間の深さを感じさせる陰影のような効果も、意図せず生まれたものだ。

 作者の意図を超えた表現により生まれたこの作品世界は、偶然に満ちたこの世界、そして、その偶然に左右されながらも歩みを進めるわたしたちのありようを、象徴的に表しているようである。

 18日まで開催中の「もうひとつの世界」展で紹介している。(県立近代美術館学芸員 宮本久宣)

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2184821 0 県立近代美術館50周年 コレクションの名品 2021/07/07 05:00:00 2021/07/07 05:00:00 2021/07/07 05:00:00 パウル・クレー〈綱渡り〉1923年 リトグラフ・紙(縦43.8センチ、横26.9センチ) https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/07/20210706-OYTAI50061-T.jpg?type=thumbnail

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