線香粉製造 水車復元へ

スクラップは会員限定です

メモ入力
-最大400文字まで

完了しました

保存状態が良好な水車の横きね。下の穴に富田石のうすがある(すさみ町周参見で)
保存状態が良好な水車の横きね。下の穴に富田石のうすがある(すさみ町周参見で)

紀伊半島 唯一すさみで現存

 すさみ町周参見の太間川沿いにある線香粉製造用の水車が、紀伊半島で唯一残る貴重なものとわかり、所有者の子孫の自動車用品製造業井澗洸介さん(33)(上富田町)らが「すさみ線香水車たまぐすの会」を結成、元の姿に戻す取り組みを始めた。使われなくなって50年以上たち、かなり傷んでおり、水車の車輪の修復作業に着手。同会は「国登録文化財の指定を目指し、町を活性化したい」と意気込む。(南俊彦)

所有者子孫ら 幕末製 町活性化目指す

 線香製造業の歴史に詳しい藤井弘章・近畿大文芸学部教授によると、県内の線香製造は江戸時代中後期から昭和中期まで行われ、紀南では仏事用線香と蚊取り線香の両方を作った。杉の葉とタブノキの葉を混ぜて水車で砕いて粉末にし、製造業者に渡していたという。田辺市や三重県でも線香水車はかつてあったが、今は記録や一部の部材が残るだけだという。

新しく作られた水車の車輪部分(すさみ町の旧佐本小体育館で)
新しく作られた水車の車輪部分(すさみ町の旧佐本小体育館で)

 すさみ町の水車は車輪の直径が約4・5メートル。長さ4メートルの丸太で左右に動力を伝え、横きねと縦きね各8本につながる。きねは地元特産の「富田石」のうす16個で受ける構造。左端には線香粉のふるいもある。約200メートルの水路で太間川の水を引いていた。

 幕末に作られたもので、井澗さんの高祖父(祖父の祖父)が明治末期に購入して線香粉作りを始め、曽祖父が1970年代にやめた。その後、半世紀以上放置したことで水を受ける羽根などや車輪部分は朽ちたが、動力伝達部は残っていた。きねも保存状態が良いという。藤井教授は「縦横両方のきねを使う構造は珍しい」と話す。

 熊野古道の調査や保全を行う団体などから「水車を文化財として後世に残して」と声が上がり、祖父が水車を懐かしんでいたこともあって復元を決意。1000万円超の費用は、クラウドファンディングのほか、県などの補助で賄う予定だ。

 6月25日に町内で講演会「水車塾」を開催。26日には福岡県から水車大工の親方を招き、旧町立佐本小学校体育館で約20人が杉材を使って車輪部分を新たに作った。文化財指定は、すさみ町と県の両教育委員会が協議しながら進め、文化庁に調査に来てもらう。

 水車小屋の横の土地は、かつて祖父が住んでいた。井澗さんは「ここに『水車カフェ』をオープンさせ、地元産品も販売したい。水車とともに、町のレジャー拠点にしたい」と夢を描く。

スクラップは会員限定です

使い方
「地域」の最新記事一覧
3125510 0 ニュース 2022/06/30 05:00:00 2022/06/30 05:00:00 2022/06/30 05:00:00 https://www.yomiuri.co.jp/media/2022/06/20220629-OYTNI50084-T.jpg?type=thumbnail

ピックアップ

読売新聞購読申し込みキャンペーン

読売IDのご登録でもっと便利に

一般会員登録はこちら(無料)