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    まとめ読み「NEWS通」

    松本智津夫死刑囚らの刑執行…オウム真理教事件まとめ

     法務省は6日午前、1989年の坂本堤弁護士一家殺害や94~95年の松本、地下鉄両サリンなど一連のオウム真理教事件で殺人罪などに問われ、死刑が確定した教祖の麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚(63)(東京拘置所)ら教団元幹部の死刑囚7人の刑を執行しました。オウム事件のこれまでをまとめます。

    オウム事件、松本死刑囚の刑執行…複数元幹部も(7月6日)

    • 警視庁を出るオウム真理教代表・麻原彰晃(本名・松本智津夫)被告(1995年6月16日撮影)
      警視庁を出るオウム真理教代表・麻原彰晃(本名・松本智津夫)被告(1995年6月16日撮影)

     法務省は6日、1989年の坂本堤弁護士一家殺害や94~95年の松本、地下鉄両サリンなど一連のオウム真理教事件で殺人罪などに問われ、死刑が確定した教祖の麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚(63)(東京拘置所)ら、教団元幹部の複数の死刑囚の刑を執行した。

     確定判決によると、松本死刑囚は89年11月、幹部らに指示し、坂本堤弁護士一家3人を殺害した。

     松本死刑囚のほかに刑が執行されたのは、土谷正実(53)、遠藤誠一(58)(以上、東京拘置所)、新実智光(54)、井上嘉浩(48)(以上、大阪拘置所)、中川智正(55)(広島拘置所)、早川紀代秀(68)(福岡拘置所)の各死刑囚。

    遺族「その時が来た」

    日本の犯罪史上、例のない無差別テロ事件の首謀者ら7人に対する死刑が6日、執行された。29人の死者と6500人以上の負傷者を出したオウム真理教による一連の事件。弟子たちを次々と凶悪犯罪に走らせ、刑確定から約12年が経過した教祖の松本智津夫死刑囚(63)は最後まで具体的動機を語らなかった。「一つの区切り」「事件が闇に葬られた」。被害者遺族や事件を知る人たちの胸には様々な思いが交錯する。

     「松本死刑囚の刑執行は当然。順次、執行されるとは思っていたが、その時が来たな、と思った」

     1995年3月の地下鉄サリン事件で、営団地下鉄(現・東京メトロ)霞ヶ関駅助役だった夫の一正さん(当時50歳)が犠牲となった高橋シズヱさん(71)は6日午前11時過ぎ、東京・霞が関で開いた記者会見で、松本死刑囚の刑執行の一報を聞いた際の気持ちを、そう語った。

    上川法相「無差別テロ、世界にも衝撃」

     上川法相は6日午後1時過ぎ、記者会見を行い、一連の犯行について「二度と起きてはならない極めて凶悪重大」と断罪した。主な発言は以下の通り。

     これらの犯行は、松本がオウム真理教を設立し、その勢力を拡大し、さらには救済の名の下に日本を支配して、自ら王となることまでも空想し、小銃製造、サリン、VXの製造といった武装化を進め、そのなかでその妨げとなるとみなした者を教団の内外を問わず敵対視し、身勝手な教義の解釈の下に命を奪っても排斥しようとして殺人、殺人未遂に及び、一部の者には教団で製造した化学兵器やVXを用い、さらにサリンを用いて2度にわたり不特定多数の者に対する無差別テロに及んだ。

     これらの長期間にわたる一連の犯行は組織的、計画的に敢行され、過去に例を見ない、今後二度と起きてはならない極めて凶悪重大なものであり、我が国のみならず諸外国も極度の恐怖に陥れ、社会を震撼させた。

     特にこれらの犯行にサリン、VXといった化学兵器が用いられたこと、一般市民を対象にした無差別テロが行われたことは世界にも衝撃を与えた。松本は長期間にわたり、多数の犯罪を繰り返し、ついには無差別大量殺人に至るまで、とめどなく暴走を続け、組織的、計画的に犯行に及んだ。宗教団体の装いを隠れみのとして、宗教の解釈を都合よくねじまげ、短絡化させて犯行を正当化させつつ、凶悪化させていった。

     一連の犯行によって命を奪われた被害者の方々、そのご遺族、一命を取り留めたものの障害を負わされた被害者の方々、そのご家族が受けた恐怖、苦しみ、悲しみは想像を絶するものがある。いずれの者も、裁判所における十分な審理を経たうえで最終的に死刑が確定した。本日の死刑執行については以上のような事実を踏まえ、慎重にも慎重な検討を重ねたうえで執行を命令した。

    オウム死刑囚 7人移送完了(3月16日)

     法務省は15日、オウム真理教が起こした一連の事件で死刑が確定し、東京拘置所に収容されていた7人の死刑囚について、他の5か所の拘置所への移送を完了したと発表した。 発表では、同じ施設に収容されている死刑囚同士のトラブルの防止や刑務官の負担軽減などを移送の理由としている。7人の死刑囚は14~15日に車で移送された。教祖の松本智津夫死刑囚(63)は移送されなかった。

    オウム真理教事件の死刑囚(呼称略、太字 は移送対象者) 年齢は18年3月14日現在

    松本智津夫(63)
    中川智正(55)
    新実智光(54)
    井上嘉浩(48)
    土谷正実(53)
    遠藤誠一(57)
    早川紀代秀(68)
    端本悟(50)
    宮前(旧姓・岡崎)一明(57)
    横山真人(54)
    広瀬健一(53)
    小池(旧姓・林)泰男(60)
    豊田亨(50)

    被告の異議棄却 オウム裁判終結(1月27日)

     1995年のオウム真理教による地下鉄サリン事件などで殺人罪などに問われ、1、2審で無期懲役の判決を受けた教団元信者・高橋克也被告(59)について、最高裁第2小法廷(菅野博之裁判長)は25日付の決定で、上告棄却決定に対する被告の異議申し立てを棄却した。 教祖の麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚(62)ら計192人が起訴された「オウム裁判」は全て終結した。

    オウム裁判終結 最高裁 高橋被告の上告棄却(1月20日)

     1995年3月の地下鉄サリン事件など、オウム真理教による4事件で殺人罪などに問われた教団元信者・高橋克也被告(59)について、最高裁第2小法廷(菅野博之裁判長)は18日付の決定で、被告の上告を棄却した。無期懲役とした1、2審判決が確定する。教祖の麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚(62)ら計192人が起訴された「オウム裁判」はすべて終結し、焦点は死刑囚13人の刑の執行に移る。 教団による一連の事件の裁判は95年6月に始まり、2006年9月には松本死刑囚の死刑が確定。11年の元幹部の上告審判決でいったん終結したが、翌12年に約17年間逃亡を続けた高橋被告ら3人が相次いで逮捕されたため、再開した。一連の事件で起訴された192人のうち、松本死刑囚ら13人の死刑が確定。高橋被告ら6人が無期懲役となるなど190人が有罪となった。

    オウム高橋容疑者逮捕 蒲田の漫画喫茶通報 特別手配 最後の信者(2012年6月15日)

     1995年3月に起きたオウム真理教による地下鉄サリン事件で、殺人と殺人未遂容疑で特別手配されていた高橋克也容疑者(54)が15日朝、東京都大田区のJR蒲田駅近くの漫画喫茶で、警視庁捜査員に身柄を確保された。同庁は午前11時過ぎ、同容疑で逮捕した。高橋容疑者は、教団の事件で特別手配され、逃走を続けていた最後の信者。サリンや爆弾で無差別殺人を図り、社会を震撼(しんかん)させたオウム事件に対する捜査は、大きな節目を迎えた。高橋容疑者は、教団施設が一斉捜索された2か月後の95年5月、殺人と殺人未遂容疑で警察庁に特別手配された。翌年11月に埼玉県所沢市のマンションに潜伏していたのを最後に足取りが途絶えたが、今月3日、一時期ともに逃走していた元女性信者が逮捕されたのを機に捜査は大きく進展。川崎市の建設会社の社員寮に潜伏していたことが判明した。しかし、翌日、口座から238万円を引き出して逃走。同庁は最近の写真や動画を次々と公開し、情報提供を呼びかけていた。

    オウム平田容疑者逮捕 仮谷さん拉致 監禁致死容疑 逃亡17年、出頭(2012年1月3日)

     1995年2月に発生したオウム真理教による目黒公証役場事務長、仮谷清志さん(当時68歳)拉致事件で、警察庁に特別手配されていた平田信(まこと)容疑者(46)が12月31日深夜、東京都千代田区の警視庁丸の内署に出頭、同庁は1日未明、逮捕監禁致死容疑で逮捕し、2日、東京地検に送検した。約17年に及ぶ逃亡生活について、平田容疑者は「人に迷惑がかかるので言えない」と供述。同庁は支援者がいるとみて調べている。 平田容疑者は、95年3月19日に杉並区のマンションで時限爆弾が爆発した事件でも爆発物取締罰則違反容疑で指名手配されていたが、95年8月に名古屋市内で教団の林泰男死刑囚(54)と会食したのを最後に足取りが途絶えていた。

    オウム松本被告に死刑判決(2004年2月28日)

     地下鉄サリン、松本サリン、坂本堤弁護士一家殺害など十三事件で、殺人罪などに問われたオウム真理教の麻原彰晃こと松本智津夫被告(48)の判決公判は、二十七日午後も東京地裁で続けられ、小川正持(しょうじ)裁判長は、松本被告を一連の事件の首謀者と認定し、求刑通り死刑を言い渡した。小川裁判長は、「救済の名の下に日本国を支配して自らその王となることを空想したもので、犯行の動機・目的はあさましく愚かしい限りというほかなく、極限とも言うべき非難に値する」と断罪した。 一連のオウム事件で死刑判決は十二人目。これで、起訴された百八十九人全員の一審判決が出そろった。

    オウム麻原被告、罪状認否を留保 初公判で意味不明な意見/東京地裁(1996年4月25日)

     オウム真理教の元代表・麻原彰晃(本名・松本智津夫)被告(41)の初公判は二十四日午後も、東京地裁刑事七部(阿部文洋裁判長)で続けられ、地下鉄サリン、元信者の落田耕太郎さんリンチ殺人、麻酔剤密造の三事件の罪状認否が行われた。しかし、麻原被告は、宗教的用語をちりばめ、意味の取りにくい意見を約三分間陳述したものの、起訴事実を認めるかどうか肝心の認否は明らかにしなかった。これについて同被告の国選弁護団は「認否を留保する」と補足説明した。

    坂本弁護士の遺体発見 新潟の山中 身長・体格が一致 富山でも都子さん確認へ(1995年9月7日)

     横浜市で一九八九年十一月、坂本堤弁護士一家三人が失跡した事件で、新潟、富山、長野の三県で六日早朝から遺体捜索を行っていた警視庁と神奈川県警の合同特別捜査本部は同日午後、オウム真理教「建設省大臣」早川紀代秀被告(46)らの供述通り、新潟県名立町で堤さん(当時三十三歳)の遺体を発見、富山県魚津市では妻の都子(さとこ)さん(同二十九歳)とみられる遺体の一部を発見した。しかし、長野県大町市郊外では龍彦ちゃん(同一歳)は発見されず、きょう七日捜索を再開する。特捜本部は六日夜、遺体の埋め場所を供述していた教団元幹部、岡崎一明容疑者(34)を堤さん殺害の疑いで緊急逮捕。また、すでに地下鉄サリン事件などで起訴されている実行メンバーの早川、「法皇内庁」トップ中川智正(32)、「自治省大臣」新実智光(31)、同省幹部端本悟(28)の四被告と、犯行を指示した教団代表の麻原彰晃被告(40)の計五人についても殺人容疑で逮捕状を請求、七日午前にも再逮捕する。

    麻原代表を逮捕 「地下鉄サリン」殺人容疑 オウム施設隠し部屋で(1995年5月16日)

     地下鉄サリン事件で、警視庁は十六日朝から、宗教団体「オウム真理教」幹部らの一斉逮捕に踏み切り、山梨県上九一色村の教団施設「第六サティアン」で、代表の麻原彰晃容疑者(40)(本名・松本智津夫)を殺人と殺人未遂容疑で逮捕した。さらに女性信者二人を含む教団幹部ら十六人を同容疑で逮捕、すでに別の事件で逮捕済みの幹部についても今後、再逮捕し、所在がつかめない容疑者は指名手配する方針。ラッシュ時の地下鉄に毒ガスをまくという無差別殺人事件の捜査は、発生から五十八日目で、ついに教団トップに及んだ。警視庁では、今後、松本サリン事件との関連や、仮谷清志さん(68)拉致(らち)事件など教団をめぐる疑惑の解明を目指す。また麻原代表の逮捕で、宗教法人の解散問題へと発展するのは必至の情勢となった。

     ◆幹部ら16人逮捕

     警視庁では殺人、殺人未遂容疑で四十一人の逮捕状を用意、同日午前五時二十五分から機動隊員、捜査員二千人を動員して山梨県上九一色村や静岡県富士宮市の教団施設の家宅捜索に入った。 第六サティアンの中二階に隠し部屋があるとの情報があったため、捜査員らは当初、二階を中心に捜索を進めた。しかし隠し部屋は中三階で見つかり、捜査員が踏み込んだところ、麻原容疑者が一人でめい想しているのが確認された。警視庁は同九時四十五分、同容疑者の逮捕状を執行した。健康状態に問題はないという。 警視庁では殺人、殺人未遂容疑で四十一人の逮捕状を用意、同日午前五時二十五分から機動隊員、捜査員二千人を動員して山梨県上九一色村や静岡県富士宮市の教団施設の家宅捜索に入った。 第六サティアンの中二階に隠し部屋があるとの情報があったため、捜査員らは当初、二階を中心に捜索を進めた。しかし隠し部屋は中三階で見つかり、捜査員が踏み込んだところ、麻原容疑者が一人でめい想しているのが確認された。警視庁は同九時四十五分、同容疑者の逮捕状を執行した。健康状態に問題はないという。

    都内地下鉄に猛毒ガス サリン残留物?検出 死亡6、負傷900人(1995年3月20日)

     二十日午前八時すぎから九時すぎにかけて、東京都内の営団地下鉄日比谷線や丸ノ内線、千代田線の電車内などで、異常な臭気が発生して乗客が次々に倒れる事件が起きた。午後一時二十分現在の警視庁と東京消防庁のまとめによると、九百九人が都内八十四か所の病院に運ばれ、うち六人が死亡、九百三人が負傷した。日比谷線築地駅では、猛毒ガスのサリンの可能性が強い残留物質を検出、さらに一部の駅では、劇物の「アセトニトリル」も検出された。警視庁は午前九時、殺人容疑で「地下鉄駅構内毒物使用多数殺人事件」の特捜本部を設置、警察庁とも連絡を取り、捜査に乗り出した。同時多発的に被害が出ていることから、警視庁では、複数の者が毒劇物を電車内に仕掛けた、組織的な無差別テロ事件とみている。鈴木俊一都知事は陸上自衛隊に災害出動を要請した。 (後に死者は13人、負傷者は6000人以上に)

    松本サリン事件の被害者は593人(1995年4月5日)

     昨年六月二十七日夜、長野県松本市で起きた「サリン事件」の被害者が五百九十三人(死者七人を含む)にのぼったことが四日、同市などのまとめで明らかになった。この人数は、同市が昨年七月と十月の二回にわたって事件現場周辺の住民約二千人を対象に実施したアンケート調査と医療機関での受診者数をもとにはじき出した。

    公証役場事務長ら致 帰宅途中、数人の男がワゴン車で(1995年3月4日)

     東京都品川区の目黒公証役場に勤める男性職員が先月二十八日夕、役場から帰宅途中に路上でら致される事件があり、警視庁捜査一課と大崎署は四日、逮捕監禁などの容疑で捜査に乗り出した。 ら致されたのは、江東区亀戸、目黒公証役場事務長、仮谷清志さん(68)。 調べによると、仮谷さんは二月二十八日午後四時三十分ごろ、品川区上大崎三丁目の目黒通りを歩いていたところ、数人の男に無理やり、わき道に止めてあったワゴン車に押し込められた。ワゴン車はそのまま走り去った。近所の人が気づき一一〇番通報した。

    長野・松本の中心部住宅街で有毒ガス、7人死ぬ 有機リン系農薬か 52人治療(1994年6月28日)

     二十七日深夜、長野県松本市の中心部住宅地で多数の住民が有毒ガスによる中毒のような症状を訴え、隣り合うマンション二棟、社員寮一棟計三棟の住民合わせて七人が死亡、付近住民五十二人が病院に運ばれた。診断した複数の医師によると、被害者らは神経伝達物質を分解するコリンエステラーゼの血中濃度が極端に低下しており、有機リン系の農薬などによる中毒との見方が出ているものの、原因の特定は出来ていない。長野県警は付近で何らかの有毒ガスが発生したと見ているが、事故直後に近くの池(直径三メートル)で、空気中のガスには触れないはずの魚やザリガニが死んでいること、池近くの雑草の表面が帯状に枯れていたこと、刺激臭が数時間で消えたこと――などを重視、二十八日午前、松本署内に捜査本部を設置、池の水質分析などを急いでいる。

    2018年07月06日 15時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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